私が仙石を好きなことを知る者はいない。誰かに言ったこともないし、見ていて分かるとも思えない。

私には付き合って半年になる彼氏がいる。クラスで冷やかされるくらいの仲の良さで、そんな私が仙石に惹かれているなんて気付けた人は探偵になれる。超能力者にもなれる。私の思いのコーティングは完璧だ、と思っていた。


彼に今週は一緒に帰れないと言われた。保健委員会はこの時期急激に忙しくなる。わかった、と言ったときの自分の気持ちの冷め具合に驚かされた。悲しくも寂しくもなかったのだ。

「もう終わりかなあ」

直ぐに帰る気にもなれなかったので教室でぼーっとしていることにした。私の感情はほとんど薄れてしまっている。仙石のことを考えたときのほうが胸が高鳴る。仙石には綾崎さんというめちゃくちゃ可愛い彼女がいるから、付き合いたいとかそういうわけではない。ただ、好きになってしまったなら仕方ない。

「あっれ!まだ人がいるー」

「うるさいのが来た…」

「うるさいうざい大歓迎っす!何してんの?」

少し気に入っていたシリアスな空気は侵入者によって粉々に砕かれた。

「井浦こそ、何しに来たの?」

「いやーうっかりノート忘れちゃって。明日提出じゃん?」

「それ今日提出だけど…」

「え、えーーーーー!」

「安田出張だから帰ったよ」

ショックを受けた顔がさらに歪んだ。叫んだ後ふらふらとよろめき、私の隣の席に座った。なんで。

「俺英語は頑張ろうと思ってたのにー…」

「いいじゃん平均男で」

「英語は平均ちょい上男になりたい」

安田が英語担当のうちは井浦の成績が上がることはないと思うけど。井浦がかわいい女の子なら――例えば綾崎さんみたいな――話は別だけど。

「――ぇ、ねぇ?聞いてる?無視?シカト?」

「えっ」

意識が飛んでいた。気付くと井浦はシカトさみしいうらーと机に突っ伏していた。無視したつもりじゃなかったけど。こんなんじゃだめだ。何考えてんの。綾崎さんのことを思い出しただけで周りの音が聞こえなくなるなんて相当重症。

「今日は田中と帰らないの?」

「委員会」

「じゃあ一緒に帰る?」

ちょっと迷った。

彼氏以外の男と帰るのは世間一般としてよろしくないのではないか。私は彼が誰と帰ろうが気にならないけどそれは私の価値観だ。…でも別に気にしなくてもいいよね、井浦だし。

失礼なことを考えながら小さく頷いた。



陽が落ちるのが随分早くなった。まだ五時を少し回ったばかりだが道路は街灯に照らされている。いつもと同じ道を同じペースで歩く。違うのは隣を歩く人が井浦だということ。

「なんか雰囲気違うね」

「え、そう?」

いつもの井浦ならひたすら喋り続けていそうなものだが、今の彼はうるさくない。話はするし面白いけど彼独特の明るさとうざさはなかった。井浦も緊張したりするのかな。そう思うと井浦ならいいやという考えが頼りないものになっていく。井浦も普通の男子なんだよね。

「変なこと聞いていい?」

「いいよ」



「俺と田中、どっちが好き?」

「田中くん」

「超即答!」

井浦が何を言いたいのか分からなかったがとりあえずそつなく答えておいた。友達としてなら井浦だけどね。井浦は少し笑って、真顔になった。

「じゃあ俺と仙石さんは?」

「え、」

空気が変わった気がした。多分私の気のせいだけど。それくらい驚いてしまったのだ。何でここで仙石が出てくるの。

「仙石さんと、田中は?」

何であんたが、知ってるの。

走り出そうとした途端、手首を捕まれてしまい動けなくなった。いつもの井浦じゃない。つられて笑ってしまうような笑顔もない。なんでそんな顔してるの。探るような目と冷たい手が鼓動のスピードを速めていく。

「いう、ら」

「簡単でしょ、答えて」

田中くんって言えばいいのに。嘘でも言えば井浦の手から解放されるのに。井浦の目を見て、嘘はつけないと思った。振り払おうと腕を振ってもその手が離れることはなかった。

「な、なんで井浦に言わなきゃいけないの」

「俺が好きだから」

掴まれている手首から伝わり、井浦が震えているのが分かった。

「好きだ」

私も震えていた。井浦の目はこんなにも真っ直ぐで透き通っていたんだ。

「俺に君を諦めさせてよ」

冷えた熱が手首を伝わり身体に回る。怖いくらいに真っ直ぐな彼の目。

鼓動はまだ、恐ろしく速いリズムを刻む。

何も言えない、言わない私たちの沈黙が、私の中に新たに生まれた熱を支配していた。


星を飲み込み月を咬み砕き夜を殺して朝を待つ



―――――――

似非井浦…

レミ⇔仙石←主人公←井浦



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