「嫌な夢を見そう」

「君の夢はいつだって悪夢だろう?」

最低なことをした後に、何事もなかったように笑っている臨也は最低だ。そんな彼を咎めず、今夜の夢の心配をする私も最低。

「いつもこんな遊びしてるの?稼ぎがいいからっていつか破産するよ」

「まさか、今日は特別」

突然、どこから取り出したのか、臨也は花束を差し出した。

「誕生日おめでとう」

花束と言っても三本の薔薇だが。たんじょうび。一瞬何のことだが分からなかった。ふと気付いて携帯を取り出してみるとディスプレイに表示されている日付は確かに私の誕生日だった。

「受け取ってよ」

ついさっき一人の人間を死に追いやったというのに、ここは甘ったるい空間に変わってしまった。死は非日常なものではない。他人の死なら尚更だ。それが目の前で起きようが地球の裏側で起きようが大差はない。私たちはそういう人間なのだ。花束を受け取る。三輪の薔薇は赤、紫、それから。

「不可能の青」

「君が寝ている間にも世界は目まぐるしく変わってるんだよ」

「うそ、すごい!」

暗くてよくわからないが、これは間違いなく青薔薇だ。花言葉は不可能、絶対に作ることができないと言われ続けてきた色だ。造花ではと疑って顔を近付けると薔薇独特の優美な香りがした。思わず身体が震える。

「不可能じゃない」

「うん」

「花言葉は、奇跡」

その通りだと思った。月明かりと僅かな街灯に照らされた青い薔薇は幻想的だ。今が夢の中なのではと疑ってしまうほどに。今日の臨也は機嫌がいい。

「どうして俺がそんな奇抜な格好をさせて自殺に立ち会わせたと思う?」

「…誕生日プレゼント?」

「俺はそこまで悪趣味じゃないんだけどなあ」

嘘をつけ。

「一つは眠るのを止めさせたかったから」

「…それで何でこれを見せられるの」

「人間の面白さと俺の格好よさを見せようって作戦だったんだけど…君のほうが面白くてかっこよかったね」

予想外を愛する臨也にとっても私の行動は驚きだったらしい。しかし不愉快そうな様子はなく、あくまでもご機嫌だ。

「二つめはその格好の君が見たかったから」

「やっぱあんたの趣味か」

うっとおしかったレースにも慣れてきた。座るとふわふわがクッションの様になるのは気に入った。

「三つめはプロポーズ」

「……は」

口が開いて塞がらない。臨也は歩み寄ってきて、青い薔薇を握り潰す。なんてことを。しかしそれより、こいつは何を。

「好きだよ」

「嘘つき」

「いくら俺でも冗談や嘘で告白なんてしない」

全く信用できない。腕にはびっしりと鳥肌が立っていた。自殺現場をプロポーズの場所に選ぶような奴だ。人間なら誰でもいびつに愛せる奴だ(静雄以外)。どうして信用できようか。臨也は青薔薇を握り潰した手をゆっくり開いた。中にはぐちゃりと丸まった花びらと、指輪。…指輪?

「まさか本気なんて言わないよね…?」

「本気も本気、超本気。ドレスを着たお姫様にプロポーズだなんてロマンチックだよねー」

「さ、三分考えさせて」

「いやだ」

やんわりと左手を掴まれた。久しぶりの現実は夢以上に非日常的すぎて展開についていけない。

「はいかイエスしか聞かないよ」

薬指に指輪をはめられそうになり、慌てて手を振り払う。しかし強く握られた手は動かなかった。

「お得意の、俺が好きだから人間も俺を愛するべき理論はやめなさいよ」

臨也は静雄をジャイアニズムだと言ったが、自分も人のことは言えない。無理矢理はめられた指輪は気味の悪いくらいピッタリだった。

「なんでそんなに嫌がるかな」

「自分が嫌われてるとは思わないわけ?」

「君が俺を?有り得ないね」

「恋人でもないのによくもまあ…」

どこから沸いて来る自信なのだろうか。色々な段階を飛び越えてのプロポーズに拒否が待っていないほうが珍しい。臨也は片手で私の左手を握りながら、まう片方を頬に添えた。

「好きだよ」

こいつはだれだ。

「もう夢は終わりにしよう」

今まで見てきたどんな悪夢よりも質が悪い。もしかしたらこれは夢なのではないだろうか。添えた手はそのままに、臨也の顔がグッと近付く。きっと夢だ。唇に触れた何かについては、恐ろしくて考えられない。

「まあ、妥協して恋人からってことしといてもいいよ」

「そんなの妥協、じゃないし」
しかしその時私は想像してしまったのだ。人間をおとしめて高笑いする臨也を半歩後ろから軽蔑しながら見る未来を。静雄はノミ蟲の苗字となった私と仲良くしてくれないかもと。臨也のキスには洗脳能力があるのかもしれない、なんて有り得なくもなさそうだ。


してる。して、!!


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