赤く染まった月が綺麗な夜だった。汗ばむ肌、頬に張りつく髪に苛立ちながらひたすらに走った。

俺達は逃げたんじゃない。解放されたんだ。くそみたいな兄貴と親と家来をぶっ壊して世界を開いた。もう何もいらない。この手を握るこいつと俺だけが世界だ。繋がった手に力を込めると握り返された。

「幸せになれるよね」
「当たり前」

歯を見せて笑い合う俺達の未来には何の障害もない。王子がいて、姫がいて。童話はハッピーエンドに向かっていく。悪い方向に話が進むわけがないんだ。






男には負けるって分かってても逃げちゃいけないときってのがあるらしい。ねぇよそんなの。負けるって分かってて戦いに行くとか馬鹿じゃね?何そのマゾヒズム、王子には理解できねー。

なんて思ってた俺はどこに行った。俺の足は一歩ずつ確実に死に向かって進んでいく。確実に負ける。運が悪ければ死ぬ。いや、寧ろ運が良ければ生き残れるくらいだ。9:1の割合で死ぬ。

だけどそれでもいい。まじかっこ悪いけど、これだけは譲れない。

扉の奥にあの方がいる。ボス、俺は今も尊敬も信頼もしてるよ。俺らの上に立てるはあんただけだ。でもな―――、

一歩、また扉に足を近付けると死角から女が現れた。気付いていたので特に反応せずに扉に近付く。

「どこ行くの、ベル」
「ん」

顎で女の後ろの扉をさす。今更何を聞いてるんだ。

「無理だよ、やめて」
「何言ってんの?お前は今のままでいいわけ?とんだ淫乱に成り下がったな」

傷付くと唇を噛む癖は治ってないらしい。俺を睨むその目が宿しているのは心配と愛情だけ。それくらい分かってる、王子だもん。

「死ぬよ」
「死なねーよ」

いや死ぬよな。

「俺はさ、くそ兄貴にお前を取られたくなくてぶっ殺したんだよ。なんでまたお前を奪われてんのって話。おかしくね?」
「…私の心はベルのものだよ」

じゃあ身体は?残酷な答えが待っているその質問はする気にもなれなかった。

「大丈夫、愛してるよ」

何が大丈夫なんだ馬鹿かお前が大丈夫でも俺は大丈夫じゃねぇんだっつのこれだから凡人は頭足りなくてやんなるね、ほんと、馬鹿が。

俺の頬に指を添えて、こいつは声もたてずに泣いた。俺は泣かなかった。涙腺のシステムは随分前に故障している。泣かねーよ、俺は。

「なぁ」

この扉の一番奥に座っている男は絶対だ。何でお前なんだろう。部屋に連れ込んでる女たちでいいじゃん。何で俺が唯一欲しいと思うたった一人を奪うんだ。

薬指に嵌まる指輪は深い赤色の宝石。まるであの人の目だ。来月、こいつは式を挙げる。姫の隣に立つのは王子じゃない。

なぁ、その薬指はだれのもの?





「もう疲れたー」
「ししっ、体力ねーな」

はあはあと肩で息をする女を笑う。城からだいぶ離れた。ここらで休憩してもいいかもしれない。今まで城の敷地内から出たこともなかった奴がここまで歩いたのは褒めていいかもしれない。湖のほとりに腰を降ろすと嬉しそうに隣に座った。

「これやるよ」

小さな宝石がついた指輪を投げた。慌てて手を動かしてなんとかキャッチする。鈍臭い奴。これは城から掻っ払ってきたものだ。最高に終わってる場所だったけどこれだけは輝いていたから。青紫の宝石の名を俺は知らないけど、母が大切にしていたくらいだから安物ではないだろう。

「綺麗…」
「貸して」

それを薬指に嵌めてやると目を丸くした。

「私、ベルと結婚できるの?」
「王子以外に惚れたらぶっ殺すから。まぁ有り得ないけど」
「う、嬉しい!ベル大好き!」

泣きながら笑うなんて器用なマネを見せる。月は雲がかかって姿を隠した。赤い月は不吉の予兆。だけどそんなの関係ないよな。王子とお前と薬指に光るそれがあれば。



▼あの時僕らは
いずれ分かつ運命なんて、知らなかったんだ

――――

企画:sorrow chainに提出

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