かみさまあいつは幸せなようですね。頓所の隅に咲いた場違いな一本の向日葵。太陽に向かって大きく咲いている。何故こんなところに向日葵が、そんなこと誰も言わない。各自が様々な思いを抱えて向日葵を見る。肺にゆっくりと煙を吸い込む。俺は満開の向日葵とあの笑顔が被って仕方がないのである。



「げふっ」
「そのわざとらしい咳はどうにかなんねェのか」
「無茶言わないでくださいよ」

いつからだろう。あいつの咳込む声が頓所に響くのが当たり前になったのは。心配してやっても風邪ですよとはぐらかされて医者に掛かろうともしない。俺や隊士達もあの馬鹿元気な女のことだから喉でも痛めたのだろうと、対して気にしなかった。

或る時近藤さんが頓所に知り合いの医者を招いた。最近は攘夷志士達との乱闘も多く、怪我をしていない隊士がいないほどだったからだ。一人一人順に診察を受けることになった。

俺の診察は一番最後だった。隊士達の健康状態を聞くためだ。

自分でも有り余るくらいに健康なのは分かっている。言われたニコチン過多とコレステロールについては改善する気はない。それが俺流の健康法だからだ。

山崎はストレスの溜まりすぎで胃に穴が空く直前らしい。理由は俺や総吾のせいだと。よし、後でしばく。

総吾には「先生の診療所にドMのナースはいやせんか?メスだけにメス豚」と言われたらしい。あいつ馬鹿?あいつのサド加減は隊内…いや江戸一だろうけど健康診断しに来ている医者になんつーことを。医者はそれだけ健康ってことだよ、と笑っていたが過激すぎるだろ。誰か教育してくれ。どなたかアイツの頭を治せるお医者はいらっしゃいませんかァアア。メスとメス豚って上手くねェよ!

近藤さんは先日姉さんに会って来たせいで全身打撲。まぁそれは予想していたから驚くこともない。打撲で済んだだけ今回は良かった。医者は近藤さんの怪我が一番酷いと言って苦い顔をしていたが俺は何て答えたらいいのか分からなかった。天下の真選組が攘夷志士との戦いよりストーカー成敗で女から受ける怪我のほうが深いってどういうことだ。

「そういえばアイツは」
「アイツとは…あぁ、あの女の方ですか」

今まで和やかに話していた空気が変わった。医者は手に持ったカルテに目線を落とす。そしてさっきまでとは全く違うトーンで話しはじめた。

「土方殿、貴方は彼女の恋人だと聞きましたが」
「あぁ」
「どうか落ち着いて聞いてください」

嫌な、予感。

「彼女は結核です」


     ▼


「もぉー土方さんまた総悟とスマブラってたでしょ!ここまで筒抜けでしたよ」
「スマブラってたって何だ」
「大乱闘スマッシュブラザー…トムのことですよ」
「それで著作権が守れたと思うなよ」
「と、とにかく喧嘩してたでしょ!あたし病人なんですからそこら辺は配慮してもらわないと」
「…そうか、そうだったな」
「土方さんが謝った!きも!今夜はマヨネーズが降る!」
「きもって何だテメェエ!!マヨネーズの雨なんて…楽園じゃねェか」
「油まみれの道路のどこが楽園?」

布団から上半身を起こしてげらげらと大口を開けて笑う女。ただでさえ白かった肌は病的な青白さ。肉を落としたいと言っていた頬はほんのりこけている。気付かなかったわけじゃない。ただ、結核?そんなものとこいつを結び付ける考えなんてなかった。医者が言った言葉を信じられず、思わず胸倉を掴んだのはついさっきのことだ。俺の無礼も気にせず、医者は首を振った。

「なんて顔してんですか」
「馬鹿でも風邪を引きやがるんだと思ってよ」
「これであたしが馬鹿じゃないって証明されましたよ!もっと労って敬っても…ちょっと、土方さん本当にどうしたんですか」

駄目だ、聞いてらんねぇ。

「何でもねェ」

医者と話したその足で来るべきじゃなかった。落ち着いて聞いていられない。あいつが小さく身体を揺らすことすら俺の心音を乱す。こんな恐怖がこの世にあることを知らなかった。

「そろそろ戻る。お前は仕事休んでんだからちゃんと寝てろよ」
「分かってますよ。あ、今度はご飯にマヨネーズかけてくるのは止めてくださいね」
「マヨネーズ馬鹿にしてんじゃねェ」

襖に手をかけ、出て行こうとすると俺の気も知らないこいつは底抜けに明るい声で引き止めた。

「土方さんっ」
「んだよ」
「向日葵が見に行きたいです」
「…明日までに治せ」
「ふふん、あたしの回復力ナメないでくださいよ」

軽く笑って襖を閉める。途端に気が抜けて鼻先がツンと痛む。鬼と呼ばれる俺が笑わせる。
だけどどうしようもない。病は無力な俺を突き放す。あんなことを知ってから動けるわけもなく、そのまましゃがみ込む。すると中から聞こえてくる苦しそうな咳。俺の前では我慢していたんだろう。弱さを見せたがらないアイツらしい強がりだ。

ごほっごほ、

咳はどんどん大きくなっていく。堪えてくれていたアイツのために見て見ぬふりをしてやりたいと思ったが、もう聞いていられない。

「おい…」
「、はっ、はあっ…!」
「おいっ大丈夫か!?」

布団に丸まって苦しそうに息をしているこいつを抱き起こして背中を摩る。俺の顔を見ることすら出来ないらしい。何度か大きく咳をして、段々呼吸は安定していった。

窶れた顔をしながら肩で息をしている。涙を拭いてやろうと顔を覗くと口の端に赤い液体が付いているのに気付いた。それが血だと認識するまでには時間はかからなかった。そして物凄いスピードで脳は冷えていく。

「お前…っ」
「も、や、無理、いやだ、いやだいやだいやだいやだ」
「落ち着け!!」
「死にたくないよォ…!」

いくら拭ってもこいつの涙は止まらなかった。溢れ出すそれを必死に拭っているうちに俺まで涙腺が崩壊しそうになってきた。初めて見たお前の泣き顔は嗚咽や鼻水でぐしゃぐしゃだった。涙は女の武器って言ってたじゃねぇか。こんなところで使ってんじゃねぇ。ああだけど確かに武器には違いない。アルテマウェポンで核爆弾だ。お前の洪水のような涙が止まるなら何だってやってやる、この俺にそう思わせちまうような聖水だよ。そうは思っても俺に出来ることなんてない。ただ叫び続ける彼女を抱きしめていることしか出来ない。

「土方さ、ん、あたし明日までに治せないよ…だって」
「結核だろ、医者に聞いた」
「向日葵、見れない」
「明日じゃなくたっていい。何年でも何十年でもかけて絶対に治せ、いつでも連れていってやる」

荒い呼吸をなんとか宥めて言葉を紡ぎ出す。

「私が死んだら頓所の隅に向日葵を植えてください。そしたらいつでも皆と、土方さんといられると思うから」
「…あぁ」

ふと襖が叩かれた。嘘だろ、この状況で?こいつの叫び声も泣き声も聞こえているはずなのに。どういう神経してやがる。驚きと苛立ちで返事をせずにいると、ゆっくりと襖は開かれた。

「失礼…あぁ土方殿も!ここにいらしたんですか」
「せ、んせ、」
「あんた」

今は来ちゃ駄目だろ。しかし医者はこの状態を気にするでもなく俺達の前に座った。ええーっ…。こいつも思わず泣き止んじゃってるじゃん、俺もどうしたらいいのか分からずにとりあえず抱きしめたまま。

医者は俺達二人を交互に見てから溜め息をついた。何溜め息ついてんだテメェこっちがつきてェよ切腹させんぞKY野郎。そう思ったのは俺だけじゃなかったらしくこいつも腕の中から殺気を出していた。

「全くどちらも似た者同士ですよ、最後まで話を聞かないで」
「最後?」
「結核が不治の病気だったのは昔の話。今はちゃんと治療法がありますよ」

「え」「え」

目から鱗、寝耳に水。
俺の低音と上擦った高音がきれいにハモった。言ってることがよく分からなくて、思わず二人して医者を見つめる。

「死にませんよ、貴女は」
「ええええええ」

医者が苦笑しながら言った言葉は一瞬俺達の心臓を止めるほどの威力を持っていた。まさに核爆弾。

「嘘だあああああ!!あたし死にますよ!死にますよね!?」
「こんな元気な死人はいません」
「くそ恥ずかしいじゃねぇか馬鹿野郎ぉおおおぉ」

呆然とする俺より先に状況を理解したこいつは叫びながら布団にダイブした。バタバタと足をばたつかせながら叫ぶ姿を見て出遅れたと悟った。

「死なないってよ」
「いやもういっそ殺して!恥ずかしい!向日葵のくだりが特に恥ずかしい!」
「死なねぇのか…」

一気に疲れた。テンションの上がりきったこいつとは逆に俺は身体に力が入らなくなり、柱に寄り掛かる。さっきとは違う意味で叫ぶ女を見て、勘違いしていた自分に呆れる。うざい程に元気なこいつが死ぬわけがねぇよな。滞っていた血が身体を巡り出す。徐々に視界がクリアーになっていく。こんなに安堵してる自分に驚いた。

「なぁ」
「いやあああ死ぬううう殺せえええ」
「俺はお前が生きてんならなんでもいい」
「向日葵がなんだちくしょおおおっ私ポエマー!?」

叫び悶えるこいつには聞こえていない。いい、叫んでろ。うるさくてうざくて女らしさゼロのこいつでも、生きていてこそなんだと今は思える。見ていたいと思う。

「向日葵見るより自分の性格見つめ直せよみたいなゴブォッ」
「馬鹿かぁああああ!!」

再び血を吐いたこいつにリズムを取り戻していた心臓が撥ねた。俺より早く医者が動き、口元の血を拭いて背中を摩った。

「はっちゃけすぎです。一ヶ月ほどは入院してもらいますよ」
「うるせぇとは思いますがよろしく頼みます」
「げふっげふっ…ふぅ」


     ▼


胸に吸い込んだ煙をゆっくり吐き出す。頓所の隅に咲いた向日葵。これはあの騒動の後に俺が植えたものだ。今日、あいつは退院する。結局見舞いには一度も行かなかった。行かなくたってこの向日葵を見りゃ分かる。そんなに上を見なくてもいいだろうってくらいに太陽を見つめて、あの馬鹿の笑顔みたいに大きく咲いている。どうせ有り余る元気で医者達を困らせてることだろう。なぁ、いるかわかんねぇ神様。この向日葵はあんたに向かって笑ってるんだろうな。幸せそうに咲いてやがる。だから。

門の方が騒がしい。行かなくても分かる。無意識に口元が上がっていた。一月ぶりの声が耳に響く。

「土方さん向日葵やめてえええ」
「退院祝いだ、約束だからな」
「もういいです!血も吐かないし風邪でもなかったし!」

久しぶりの再開なのに真っ赤になって怒る。赤くなりながら向日葵に手を伸ばす顔が微笑んでいたのをしっかりと見てしまった俺は、柄にもなく抱きしめたいだなんて思った。

神様、だからこいつはアンタにはやれねぇ。この笑顔も声も馬鹿な頭も俺のもの。あんたはこの向日葵の笑顔で勘弁してくれ。

―――――――

企画:お終いにしようと苦く笑ったへ提出

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -