物心がついたときから彼女の傍にいた。殿や奥方様や兄上様たちよりも私のほうが姫と過ごした時間は長いだろう。肉親より肉親らしく、しかし誰よりも忠誠を誓う部下を志してきた。
私の世界は当然彼女が中心になって回る。彼女が笑えば私もつられて笑みを浮かべるし、もし姫の顔が涙に歪むことがあるなら元凶を取り除くために私は走るだろう。

「稲姫様」

許可を貰って部屋に入るといつもよりさらに身なりを整え、白無垢に身を包んだ姫様がいた。姫様の肌の白さと白無垢はあまりの眩しさと美しさに時が止まったような心地がした。普段はあまりしない化粧もしている。口に差した紅が艶やかに映る。真っ直ぐに伸びた漆黒の髪との対比はだれが見ても見事に纏まっている。

「お美しゅうございます」

「…ありがとう」

ただ、彼女に笑顔はないが。

幸せになってくださいと言うと姫様は眉を潜め、肩を震わせた。口をぱくぱくと開き何か言おうとしては止めを繰り返す。

つい、手を伸ばそうとしてしまった。もうその憂い顔から涙を取り除く役目は私のものではないというのに。
好きになっては
いけない人



あなたはなんて狡いひと。私の思いを知っていたのでしょうに。叶える気なんてないくせに近寄らないで涙なんて掬わないで微笑まないで護らないで。どうして私のために生きてくれるというのに私の隣では生きてくれないのです。私の幸せのために身を引くというのなら有り得ないほど大きな勘違いなのです。だって私の幸せはあなたの手と声と笑顔と心と思い出と――そう、あなたで出来ているのだから。


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"私"は男でも女でも



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