仕方ないよ といつものようにヘラリと笑う彼女を見てやり場のない思いが込み上げてきた。無知とは何と愚かで哀れなのだろうか。

「…貴女はそれでいいんですか」

先程と全く同じ質問をすると困ったように笑い、僕を宥めるように同じ言葉を繰り返した。頭を撫でる手が優しすぎて、殺したくなる。吐き気がする、気持ち悪い。振り払って睨むともう少女の目は僕に向いていなかった。

高い空を仰ぎ見る彼女の横顔は決意と誇りに満ちている。そんな顔をするな。殴って蹴って、動けなくしてしまおうか。貴女の脚を奪って退役をやむなくするのもをいいかもしれない。地下牢に繋いで一生出れないようにしてもいい。

「骸」

彼女の声が僕の名前を紡ぐと心臓が少し鼓動を早くした。

「綱吉を恨んじゃだめだよ」

「何を今更。貴女に言われなくても僕は前からマフィアを恨んでいる」

「そうだったね」

ただ、これをきっかけにさらにマフィアを恨むことになるのは否めないですけどね。それは彼女の表情を曇らせるだけの言葉だと知っている。それはそれでいいのだが、今は口をつぐむことにした。

子供のような人だと思った。

真っ白で、汚す気にもなれないほど嫌になるくらいの純粋な人。何故この薄汚れた地獄に足を踏み入れてしまったのか。

例え彼女がこの世界の人間じゃなかったとしても、僕は彼女を見つける自信がある。何度でも輪廻転生を繰り返し、必ず見つけるだろう。

「もう行かなきゃ」

残酷な言葉が僕を押した。

「そうですか」

もっと言いたいことはたくさんあった。ありすぎて言えなかった。僕はどんな表情をしているのだろう。彼女の行く手を阻みたい、だけど、引き止めたい、でも。そんな思いが浮かんでは消え浮かんでは消えしていた。

彼女の指が僕の頬をなぞった。

「泣かないで」

「何言って…」

彼女の指が小さくと光った。それが僕の目から流れた水分だとは到底思えなかった。

「骸ほど幸せにならなきゃいけない人はいないよ。どうか、幸せになって」

去って行く彼女の後ろ姿をただ呆然と眺めていた。とうとう引き止めることは出来なかった。あまりに現実味のない空間にこれは夢か幻覚ではないかと疑った自分に自嘲の笑が零れた。

幸せになってなんてどの口が言えたものか。たった今幸せは僕の目の前から去っていったというのに。


/世界一臆病な僕を誰か殺して

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