「おぉー」
つい、感嘆の声を漏らしてしまった。目の前の女は笑って何、と言ったけど誰だって驚くと思う。俺と同じか、きっとそれ以上のリアクションをするはずだ。
「そのヘッドフォン外れたんだな」
「当たり前じゃん」
「だって噂になってたんだぜ。お前のヘッドフォンは頭にくっついて取れないんだって」
だって誰もお前がヘッドフォンをしてないところを見たことないんだ。俺ですらなかった。授業中ですら外さないこいつを教師も諦めたのかそのうち注意しなくなっていった。初めは誰かが冗談で言ったヘッドフォン伝説も段々マジなんじゃないかって話になっていった。
「言ってくれれば取ったよ」
女は俺の話を聞いて爆笑していた。俺は頭から外されたヘッドフォンを手に取ってまじまじと見ていた。軽くもなく重くもない。
「最後の日に良いもん見れたぜ」
「ブン太の幸福ってちっちゃいね」
「そっち方が幸せになれんだろぃ」
食い物とテニスとお前がいれば俺は世界一の幸せものだ。BGMが爆笑するお前の声ならさらに最高。
やることも特になくて、ベてまたヘッドフォンをいじる。
「何の曲?」
「多分知らないと思うよ」
ヘッドフォンから音洩れしていたので聞いてみると素っ気ない答えが返ってきた。実際聴いてみてもこいつの言う通り全く知らない曲だった。
「10秒後に世界が終わるんだぜーって歌」
「超タイムリーじゃね」
「でしょ。一ヶ月前からエンドレスリピート」
一ヶ月前って、国家が公式に地球消滅の告知をした時か。それからずっとこの曲を聴いていて飽きなかったのか。
あと10秒で世界が終わる歌。
「歌だとね、君に触っていれればいいって」
「それ同感だな」
離れていた距離を埋めようと手を伸ばすがギリギリで届かなかった。
暇。案外いざとなるとやることないもんだな。
って思ってたらこいつは雑誌を読みはじめた。おーい!そんなもん読んでどうすんだ。夕食後の暇潰しか。最後の日だぞ、最後の日。お洒落して出かけることももうないっつの。
「なぁ」
「ぶんた」
「う、ぉ!え!?」
雑誌を読んで俯いていた顔を上げた。それはヘッドフォン以上の衝撃と動揺を俺に与えた。
「な、泣いてんの…?」
「かもしんない」
「いやそこは言い切れよ」
ぽたぽたと水滴を雑誌の上に零しながら俺を見つめるこいつは、本当に俺の知ってるあいつなのかとすら思ってしまう。だって泣くようなキャラじゃないんだよ、まじで。親友と大喧嘩して一週間シカトされ続けたときだって、体育のソフトボールで顔面に球が当たったときも、テストで一教科以外全て赤点だったときも泣かなかったんだ。
ヘッドフォンと涙、最後の日に手に入れた新しいお前の存在に俺は思いの外動揺していた。
「怖ぇの?」
「わかんない」
「こっち来いよ」
さっき伸ばして届かなかった手は今度は女に掴まれた。そのまま引き寄せ、ベッドに二人で寝転ぶ。
あと何時間何分何秒で世界が終わるのかは知らねぇ。政府もよくわからないらしい。だからあと10秒で世界が終わる!だから今からキスで窒息死しようぜハニー!なんてことは出来ない。言えない。いや、やろうと思えば出来るだろうけどやりたくないだろ、そんな死に方。先祖の皆様が大爆笑だ。そんなBGMはいらね。
最後の最後まで生きてたいよ。
そんでお前と一緒に、
「怖くねぇよ」
「…ん」
すびずびと鼻水をすする音でムードもへったくれもないが、このくらいの終わりが俺達にはお似合いだ。
「火星かどっかで生まれ変わってまた付き合おうぜぃ」
「何で火星…」
笑って、それから手を強く握った。まじで怖くない、全然。自分でも驚くくらい穏やかなんだよ。
ブン太、と名前を呼ばれる。お前が呼ぶ俺の名前は3割増しでイケメン。何度か口の中で反復したようで、それから言った。
ただ、涙声やら何やらで酷く掠れた小さな声だった。
「 」
「え、聞こえ」
聞き返そうとしたとき、弾けるような音がして視界が真っ白になった。
まじかよ、なんて思う間もなく
世界は静かに終わりを告げた。
声、涙に消ゆ
聞きそびれたその言葉は火星での楽しみにとっておくとしよう
―――――
企画:
終わりの音様に提出
素敵な企画に参加させて頂けて楽しかったです!ありがとうございました!
補足:
作中で聴いている曲
AR/T-SCHO/OLの"あと/10秒で"