心残りなんて、作らないつもりだったのになあ。

「超痛い超痛、ゴブォッ」
「おまっ…人の背中で吐くな!」
「怪我人に怒鳴らないでよ…響く」

「これ新調したばっかだぞ!もう着れねぇじゃねぇか」
「洗えばいいじゃん」
「お前の血まみれのスーツなんか着たくねえよ弁償しろよてめえええ」

金持ちのくせに心の小さいことを言う隼人の頭を軽く叩く。するとまた怒声。だからね、私重傷人なんだよ。

「遺言聞いてくれる?」
「自分で伝えろ」
「私さ」
「聞け!!!」

右腕を撃たれた時はね、超痛えまじこいつぶっ殺すって、敵を殺すことだけを考えてたんだよ。ほら私って痛いの大嫌いじゃん。だからもう帰りたくて仕方ないと思いながら戦ってたの。で、その後脇腹刺されたじゃん。それもめちゃくちゃ痛かった。右腕の痛みが一瞬遠退くレベルで痛かった。でもその時考えたのはうぜえとか痛いじゃなかった。かと言って走馬灯でもなかった。雲雀は大丈夫かなって思ったんだ。私がいなくてもちゃんと雲雀らしくいられるのかなって。雲雀はいつでも雲雀らしいけど、そうじゃなくて、草食動物を咬み殺すときの笑顔じゃなくてあの優しい笑みを見せる人は他にいるのかなって。いたらいたで悲しいけど私がいなくなったことで雲雀がさぁ、ぐすっ、自分を出せなくなるのはいやだなあって、ぐずっ。

「鼻水止めろ」

こんなの私の驕りで勘違いで妄想にすぎないんだろうけどそれでも可能性が1%でもあるなら死にたくないなあって思うんだ。私の命は勿論ツナのためにあるよ。でも生きることについてはさ、なんていうか…雲雀のためにっていうかさ。私がほんのちょっとでも雲雀の中のなにかになってるんだとしたら死んでなんていられないはずなの。なのに私もう死んじゃうんだよおっうわあああああ

「おい」
「うぐっぐうっ」
「着いたぞ」
「え。」

顔を上げるといつの間にか見慣れた屋敷に辿り着いていた。本当に背負って運んでくれたんだ。

私、生きてる?

「そんなに雲雀の野郎が心配なら死ななきゃいいだろ。つーかこんだけベラベラ喋れる奴が死ぬかよ」
「だって痛すぎるもんこんなの絶対死ぬ」
「おら、お前の迎えだ」
「え」

門の前にはスラリと細いスーツに身を包んだ人が立っている。さっきコンタクト片方落としちゃったからはっきりは見えない。でも眼球では見えなくても私の心のレーダーがびびびと反応した。まじ、え、あれって?

「何してるの」
「何ってゴホォッ」
「だからここで吐くんじゃねえ!」
「世話になったね。返してもらうよ」

一瞬宙に浮いた。それだけの動きでも傷には響く。痛みが走ってぐえっと声がもれる。でもそれより何より私は目の前の人に驚いていたのであります。この感情が驚きなのか感動なのか恐怖なのかそれすらも分からない。もしやこれは死ぬ前に逢いたい人に逢えるっていうやつですか、私の幻覚か!なるほど。それなら納得できる。だってあの彼が私をお姫様抱っこしながら屋敷に運んでくれるわけがないよ。

「恭弥くん、恭弥くん」
「黙ってれば、死にたいの?」
「ちゅーしてください」

幻覚なら何したっていいということで雲雀を恭弥くんなんて呼んで、キスをねだった。最後なんだ、天に召される私に祝福を!雲雀は足を止めて私の顔を覗き込んだ。この近さならはっきり見える。やっぱりカッコイイよ、貴方。さっき雲雀は私がいなきゃダメかもしれないなんて言ったけどそれは違った。雲雀がいなくなって終わるのは私のほうだ。

「…」

雲雀は 泣いていた。

あまりにも綺麗な雫が頬を伝って私に落ちると同時に顔が近付いてきて、唇に触れた。本当にキスしてくれるとは思わなかった。だって血を吐いた口、鼻血まみれの顔。こんな死にそうな女にキスしてくれるなんて。この唇の暖かさは幻覚じゃない。涙の冷たさがリアルを伝えてくる。ファーストキスはレモン味なんて嘘でした。痛いくらいの鉄の味。

「ひぎゃあ!!」

突然身体を放り投げられた。痛すぎて短く鳴くだけで終わった。落とされたのはベッドの上だったけど普通投げないよね。嘘嘘!さっきまでの優しい泣き虫雲雀はいずこ。

「死ぬの?」

あぁ近くにいた。直ぐ横に座って私の髪を撫でる雲雀の声は鼻声に聞こえて、一瞬耳を疑う。

「死な、な、い」

搾り出すように言う。

「雲雀」
「恭弥って呼べば」
「恭弥、死なないよ」

驕りじゃなかった。私は、そうだった。雲雀の中にいた。何パーセントかだったのだ。少なくとも獣と畏れられる彼の両目から涙を流させる程度には。だから今回はそれを確認できたからよかったことにしよう。そうじゃなきゃ体中を突き刺す痛みもどろどろの隼人のスーツもなんなのかわからなくなる。だから許せ、隼人。

はきだす空気は生温い


――――――
早く医者呼べ。

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