「ほら、磨けば光るって言ったでしょ」

鏡の中でルッスーリアに肩に手を置かれた女が自分だとは到底思えなかった。ぽかんとした間抜けな顔は確かに私なものだが、真っ白な肌と光に反射して小さく光る目元が女の子らしい。我ながら美少女だと感心した。色んな顔を試してみれば鏡の眺めるの美女も私と同じ顔をする。それは当然なのだが、化粧一つでここまで変われるものだとは思わなかった。やっぱり不思議で頬を伸ばしたり潰したりしてみる。

「ばか!崩れるじゃない」

「いたっ」

ルッスーリアに頭を叩かれて涙目になる姿も絵になる。自分じゃないみたいで気持ち悪い。モデルではなくルッスーリアの腕が凄いのだ。私に完璧なメイクを施したルッスーリアは満足そうに鼻歌を歌っている。

「これであのエロジジイ達もあんたに釘付けよ」

「そうかな」

「当たり前よ、この私がメイクしたんだから。あんたに勝てる女はあの会場にはいない。保障してあげる」

鼻をならすルッスーリア。結局褒めてるのは自分のメイクの腕か。記念記念と言って写真を撮るルッスーリアに少しくらい可愛いと言ってほしかった。どんなに綺麗になってもルッスーリアが私をそういう対象に見ることはない。分かっているが改めてて思い知らされた気がした。





あるマフィアのボスの屋敷で開催されるパーティーが今夜の舞台だ。そこに参加するボンゴレの同盟ファミリーが薬に手を出している、らしい。その決定的な証拠を掴み、そしてボスを暗殺することが目的だ。何も考えずにサクッとやってしまえばいいのに、と私なんかは思ってしまうがそうもいかないらしい。10代目ドン・ボンゴレは大層慈悲深くおらせられる。まだ同盟ファミリーを信じているのだ。

「ちょっと、いつまでもボケッとしてないでよね」

「あ、ごめん」

漆黒のコートに身を包んだルッスーリアの元に駆け寄る。今回組んだのはルッスーリアだ。ばれないことが絶対条件なので最低人数しか参加していない。私とルッスーリアと部下の男が一名。たった三人なので油断せずにいかなくてはならない。

作戦は、私がパーティーに参加してボスに近付いく。情報を集め、ルッスーリア達は裏で情報を集める。証拠が揃ったところで、バーン。それで終わりだ。

時計の短い針が10を指した。

「そろそろ行くわ」

「うん」

「色仕掛けなんて期待してないから無謀なことはするんじゃないわよ」

「ちょっとは期待してよ!」

「いいから」

頭に伸ばされたルッスーリアの手は一度止まって、肩に置かれた。そして闇の中に溶けていった。一瞬意味が分からなかったが、セットした髪を崩さない配慮だろう。撫でてもらいたかった。

「私たちも行こうか」

「はい」

エスコートは優秀な部下がしてくれる。貴族出身で顔も悪くない。性格もヴァリアーに勤めるだけあって残酷で命令に忠実だ。別に細いわけではないはずの彼の腕に手を回すとどうも物足りない心地がした。無意識にあの人と比べている自分に気付き、頭を振って考えるのをやめた。





ルッスーリアのメイクとセンスは完璧だった。会場に入るやいなや面白いくらいに集まる視線。思わず笑いが零れた。

そして嘘みたいに計画は順調に進んだ。同盟ファミリーのボスは真っ赤なワインを片手に私に近付いてきた。金色の前歯がいやらしく光る。肩に手が回されて鳥肌が立つ。分かっていたことだが私にこういう任務は向いていない。ヴァリアーに女として入った以上そんなことも言っていられないが。

酒を勧めながら会話を始めて一時間程だろうか。男の顔がほんのりと色付いてきた。そろそろ仕掛けてもいいだろう。離れた場所にいる部下に合図を送ろうとしたが、見当たらない。若干のハプニングだがうろたえるほどのことでもない。頭を切り替える。

溜め息をついて目線を下げ、男にもたれるように身体を密着させた。

「どうかしましたか?」

「あ、すみません…なんでもないんです」

気丈な笑顔。ルッスーリア曰く健気な姿が男心を揺さぶる、らしい。なんだかんだ言ってもルッスーリアも根本は男なのだ。同性の気持ちはしっかり理解しているようだ。顔を覗き込まれるさっきよりも密着度が増して、今すぐ叫びだしたい衝動に駆られる。

「悩みがあるならどうか話してください。力になってあげますよ」

太い指が髪を梳く。ルッスーリアに頭を撫でられているだけだと思い込み、か弱い女の声を心がけて口を開く。

「…最近気持ちが重いんです。なんでだろう、何をしても楽しくなくて心が重くて悲しくて…。今日は貴方に会えて本当に久しぶりに楽しかったんです。だから、つい甘えちゃって…」

ごめんなさい。

本来はここで涙を流す予定だったが想像以上に触れてくる男が気持ち悪くて、それどころではなくなった。しかし泣かずとも十分な効果があったらしい。顔が耳に近付いてきて、そして楽しそうに囁いた。

「それなら、いい薬がある」

この言葉を待っていた。呆気ない。面白いくらいに食いついてくれた。私を薬漬けにしてしまえば金も女も一度に手に入り、まさに一石二鳥だ。

「俺の部屋に行こう」

これから恐らく薬を渡される。その瞬間にこいつの黒は確定し、殺す条件が満たされる。それまでの辛抱だと拳を握った。息を荒げて私に手を伸ばした男は、

「あ、」

瞬きの間に吹っ飛んだ。

振り返るとルッスーリアがいた。今回は表に出てこないことになっていたはずなのに、まだ男から薬を渡されていないのに、いやていうか殴ったの、えっ。計画と違う行動にどう反応したらいいか分からない。壁にぶつかって動かなくなった男を一瞥してから、ルッスーリアに駆け寄る。

「ちょ、ちょっと、ルッスーリアいいの?」

「周りを見てみなさい」

そう言われて初めて会場に目を向けた。そこにはさっきまで酒と食事を楽しんでいた人達はいなかった。

いたのは、床に倒れた富豪達。その中心には部下が一人立っている。

「え、え、どういうこと?」

「このパーティーにいた全員がグルだったのよ。だから、あの子にやってもらったの」

「殺したの?」

「一人残さずね」

全く気付かなかった。じゃあ私が気持ち悪いのを必死に我慢する必要なんてなかったんじゃないか。無駄な努力だったのかと脱力してしまう。

「そんなに落ち込まないでよ。綺麗な格好できたんだからいいじゃない」

「よくない、あんな親父のために着飾ったなんて考えたくない!」

「仕方ないわねぇ」

そう言ってルッスーリアはコートを椅子にかけた。コートの下は何故かスーツ。ルッスーリアのスーツ姿なんて初めて見た。案外スーツもお洒落に着こなしている。そのままサングラスを外し、私の手を取った。

「一曲踊ってくださりますか?プリンセス」

「ひ、ひゃ、うあああ」

「空気読みなさいよブス!」

暴言を吐かれても気にならなかった。私の手を取るルッスーリアはお伽話の王子様と見間違うほどにかっこよかったのだ。髪型を除いて。自然な動作で私の手を肩に手を回させ、ゆっくりと揺れはじめた。ダンスの出来ない私に配慮してリードしてくれている。夢の中みたいだ。私は今、ルッスーリアと踊っている。

「あ、ピ…ピアノ」

「あの子はあんたと違って空気が読めるの」

グランドピアノの前には出来る部下が座っていた。絶対に昇格させてあげようと決意した。彼が奏でる音楽に合わせて踊る。ルッスーリアのエスコートのおかげでぎこちなくもなんとか着いていけている。

「どう、楽しい?」

「多分楽しいんだと思う…お姫様になった気分」

「あんたがそんなメルヘンチックな発言するなんて驚愕ね」

「ルッスーリアがこんなにかっこよかったなんて、驚愕よ」

「ぶっ飛ばすわよ」

やがて鐘が鳴って、ルッスーリアの足も止まった。音楽も終わり、短い舞踏会は終わりを告げた。何事もなかったかのようにサングラスをかけコートを着れば、いつものルッスーリアに戻る。ほんの一瞬の出来事だった。ほんの一瞬の、夢のような幸せだった。

「何突っ立ってんの、もう行くわよ」

私を呼ぶルッスーリアはもう王子様ではなかった。私もお姫様ではない。それでも解けてしまった魔法の余韻に浸っていたい。だって私は、ルッスーリアが。

「あらやだ、困ったお姫様ねぇ」

見る見るうちに視界が滲んでいった。ルッスーリアといると甘ったれてしまう自分が嫌いだ。ずっとオカマの、どうしようもないルッスーリアでいてくれたら良かった。私のために男に戻って踊ってくれた。嬉しくて仕方ないが、そのせいで箍が外れてしまった。気持ちが決壊する。誰か今すぐ私の口を縫い付けてくれないと、きっとこの口は世界を終わらせる言葉を。

「わ、私、わたしルッスーリアが好きなの」

「…」

「男じゃなくたって、オカマで変態で、死体が好きだってルッスーリアが好きなの」

返事はない。もう終わった、何もかも。顔を見るのは怖すぎて顔が上げられない。ごめん、と言わずにはいられなかった。

「ちょっと、なんで謝るのよ」

「わかんないよぉお」

マスカラだかマラカスだかがついた目を擦ると指が黒くなった。相当酷い顔をしているはずだ。ルッスーリアの溜め息が聞こえて身体が強張った。

「私は王子様じゃないわ。ただの綺麗なオカマの暗殺者」

「うん」

「あんたも姫じゃない。ちょっと馬鹿でブスな信頼できるパートナーよ」

「ひど、」

分かっていても思い知らされるのは辛い。ルッスーリアの迷惑になっているのは分かりながら、私は一層声を大きくして泣いた。

どん、と響いた銃声に声を止めてる顔をあげるとルッスーリアが時計を撃ち壊していた。針は折れて、時間は分からない。

「でも魔法をかけてあげる」

「ルッス、リア」

「魔法は12時までよ、シンデレラ」

ルッスーリアはサングラスを外して手を広げた。私もルッスーリアもただの暗殺者だ。だけどきっと今は魔法がかかっていると信じてもいいだろうか。私のために時を止めてくれた王子様の優しさに甘えてもいいだろうか。馬鹿でごめんブスでごめんせかいいちだいすきよルッスーリア。もうこのまま永久に時間が止まってしまえばいい。飛び込んだ腕の中で、私は確かにシンデレラだった。



/死体が囲む舞踏会は終わらない

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