もう歩けない私の背中を何度も押したのはあいつだ。ぼろぼろになって帰り道を探すための指先だってなくしてしまった。それでもあいつはその指先を握って歩いてくれた。明かりはいつだってあいつの歩く道に灯っていた。もう、いないあいつの。
「ギン」
死ぬほど酷い奴だよ。だけど誰もが頼らずにはいられなかった。あいつの持つカリスマ性に引き寄せられ、裏切られた私たちはさながら夜光虫のようだ。綺麗な街灯が実は虫取り光だったという話。乱菊も吉良もあいつを信じて愛して、傷付いた。ギン、あんたは何がしたかったんだ。あんたの求めるものは私たちの側にはなかったのか。藍染といることで得られるものだったのか。
せめて私だけでも
連れて行ってくれたら。
こんな意味のないことを何度考えたんだろう。そして眠れない夜がまた明けるのだ。乱菊も吉良も無理矢理にでも吹っ切っている。皆もあのショックから立ち直り始めている。いつまでも動けないでいるのは私だけだ。
私だけ、彼の影に捕まったまま。
花鳥風月に彼を感じる。夜も眠れず段々食事も喉を通らなくなった。不健康な生活をしていれば当然病に襲われ、私は床に伏せることになった。
医者は言う。もう長くないと。
それでいいと思った。生きる糧もなく惨めに生き延びてどうする。見舞いに来てくれる友人、上司、後輩には明るく振る舞いながら私は来るべき死期を待ち望んでいた。
ある夜、久しぶりに身体の調子がよかったので縁側に座って月を見ていた。もう月を見ても前ほどギンを連想することはなかった。今はとても安らかな気持ちだ。このまま死ねばギンとの鎖を断ち切れる気がする。
「死にかけとるって聞いたのに元気そうやなあ」
わ、 風が木々を揺らした。
「ギ…ン?」
「ちゃうよ、お迎え」
目の前にいるのは紛れも無くギンだ。私があれほど待っていたギンだ。心臓が暴れ出し、呼吸が辛い。嘘だ夢だと思いながらも止まらない。なんでここに。
「死にかけの死神なんて戦力にならへんやろ?ほならボクが貰ってこ思て」
月明かりに照らされて銀色の髪がキラキラと輝く。なんとなくぼやけて見える姿が幻想的で、消えてしまいそうに見えた。そう思った途端、私は走り出してギンの胸に飛び込んだ。触れる、暖かい。もう前みたいに消えてしまわないように強く抱きしめた。
攫って、遠くても近くてもいい。あんたといれる場所に。
「私、もう死んじゃうんだよ」
「君を救えないヤブ医者とボク、どっちを信用するん?」
信用していたときにだって裏切ったくせに。前だったらいくらでもぶつけてやろうと思っていた悪態は夢のような再開の前にきれいさっぱり消えさった。
「ギン」
抱きしめて、感じる匂いを無条件に信じてしまう。
だってこの人はもう一度私の手をとってくれるらしいから。