瞳を奪うパステル



「お、この唯吹ちゃんの笑顔、良い!」
「でしょ?あと、次の写真の蜜柑ちゃんも一番よく撮れてると思うんだよね。」
「お、ホントだ。素直に笑うとこんな感じなんだ。」
「そうそう。いつもオドオドしちゃってるから分かりにくいけど、本当はすごく可愛い子だと思うんだよね、あの子は。」

小泉がデジタルカメラのボタンを押す度に、液晶に映る世界がめまぐるしく変わる。どれもカメラの中に収めておくには勿体ないほど希望に満ちた1枚ばかりだ。どれだけ被写体が同じでも、ここまで引き込まれる写真は彼女にしか撮れないのではないかと思わず疑ってしまう。

「あはは、千秋ちゃんってどの写真でもゲームしてんなぁ。」
「そうなんだよ。まあ、“超高校級のゲーマー”ってくらいだから仕方ないんだけどね……。」

少しは視線が欲しいよ、そう言って困り顔でため息をつく小泉に、秋原は小さく笑う。そんな愚痴をこぼしつつも、七海がゲームをしているときの顔が一番生き生きとしていることは、周りをよく観察している小泉には分かっているのだろう。そうでなければ、わざわざカメラを向けたりしないはずだ。

自由時間。小泉と秋原は砂浜に生えるヤシの木の木陰に腰掛け、2人でカメラを覗き込んでいた。写る人すべてが幸せそうで楽しそうな写真は、見ているとこの島が絶海の孤島であることも忘れてしまいそうになる。この島に来る前に小泉真昼という名前自体は聞いたことがあったものの、こうして実際に写真を見せてもらうと、彼女が“超高校級の写真家”たる所以がなんとなく分かった気がした。

「そういや、風景写真とかはねーのな。」
「んー、まあね。この島、景色だけならすごく綺麗だから、そのうち何枚か撮ってみたいな、とは思ってるんだけど。」
「んじゃ、今から撮りに行く?」
「え?い、今から?」

急すぎるでしょ、と呆れたような顔をする小泉に、秋原は歯を見せて笑う。確かに時間的にはまだまだ余裕はある。突然の提案に少しだけ思案するような素振りを見せる小泉だったが、特に断る理由もないと判断したのか、すぐに頷いた。

カメラを首にさげ、立ち上がる。相変わらずサンサンと照り続ける太陽に照らされ、赤髪がキラキラと輝いていた。それに一瞬だけ見蕩れてから、改めて秋原は尋ねる。

「さて、それじゃ何処で撮ろうか?」
「そういうのは、言い出しっぺの男子がエスコートするものでしょ?ほら、さっさと考えて。」
「……手厳しいな。」

どれだけ仲良くなってもそこは譲ってはくれない小泉に、秋原は苦笑いを浮かべて歩き出した。












橋を渡り、しばらく歩いて、中央の島のジャバウォック公園へとたどり着いた。異様な像が建っていることを覗けば、そこは緑も多く風も気持ちいい。風に乗り、ここまでも潮の香りが漂ってくるのは海に浮かぶ島ならではの風情といったところか。

ここに来る道中までも何枚か撮った写真を時々見返しながら、小泉は公園の周りを歩き回りながらシャッターを切る。秋原はその様子をみまもりながら、散歩がてらに後ろをついて回った。

小気味のいい音を立てて、何枚も何枚も。そのうちデジカメの容量が足りなくなってしまうのではないかと危惧したが、それは大丈夫らしい。たかがデジカメ、されどデジカメだ。

「……うん、やっぱり、緑が多いと写真も映えるね!ほら、見てよ秋原。」
「ん、どれどれ?」

言われて小泉に駆け寄り、先ほどと同じようにカメラを覗き込む。小泉の言う通り、深緑の木々に太陽の光が差し込み、幻想的な1枚に仕上がっていた。感嘆の声をあげると、小泉は嬉しそうに笑う。

「これで日光浴して楽しそうに笑ってる人がいたら、もっと最高になると思うんだけど。」
「――それ、風景写真って呼べなくね?」
「あ、そうか……うーん、でも、やっぱりアタシは人の笑顔の写真が好きだな。撮ってても楽しいし。」
「そっか、俺、真昼ちゃんのそういうとこ好きだよ。」
「え」

びくりと身体を硬直させる小泉に、秋原は「ん?」と首を傾げる。目を見開いたまま驚きの表情でこちらを見上げてくる彼女の顔を見て、そして先ほどの発言を思い出して、――それがトンデモ爆弾発言であることに気が付き、情けない声を上げる。

「あ゙っ!ち、違う違う違うそういう意味じゃなくて!しゃ、写真に対するその姿勢がね!?尊敬できるなって、そ、そういう意味だから、な!?」
「え、あ、ああ!そ、そうだよね、そ、そうに決まってるじゃん!?ななな何を慌ててんのよ、わ、分かってるって!」

ここに澪田か花村あたりがいたら、間違いなくちゃちゃを入れられていただろう。公園に偶然だれもいなかったことに心底感謝しながら、一気に熱くなった顔をぱたぱたと仰ぐ。そんな秋原に小泉もぎこちなく顔を逸らして、写真を確認する素振りをした。この島の景色を収めた写真を見ているうちに、すこしずつ頭が冷めていく。

「……まったく。びっくりさせないでよね。」
「あっはっは……ゴメン。」
「まあ、いいよ。おかげで良い写真撮れたしね。さっそく現像して大切に仕舞っておかなきゃ。」
「そっか。どっかに発表すんの?」
「分かんない。突然つれてこられた無人島で撮った写真ですなんて、ちょっと笑えないし――これは、自分用かな。」
「そっか。」

自分用。彼女だけの写真。思い出の品。そんな特別な写真のきっかけとなれたことに少しだけ優越感を覚えながら、秋原は小泉に笑いかける。

「絶対に帰ろうな。」
「当たり前でしょ!」

彼女の写真は、少しでも多く世界に届けるべきだ。秋原の言葉に、小泉は強く深く頷く。照れくさそうにカメラを持った指先に力を込めて、小声で呟いた。

「サンキューね、秋原。」
「どういたしまして。」

日が傾き、島全体が夕暮れ色に染まっていく。赤く暖かいその色は、ほんのり色づいた彼等の顔を隠していた。


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -