ゆらめきのしるし
「……うお。」
目覚めて開口一番。ゼロ距離にあった美しい顔に思わず声を上げていた。すやすやと気持ちよさそうに眠る、恋人である狛枝の顔は、色白なのもあって彫刻か何かと勘違いしてしまうほど綺麗で。つい、まじまじと見つめてしまう。
この顔面を持っていながら、やたらと自分を卑下するようなことを言うのだから一部には嫌味と取られかねないだろうに。それもこれも、彼の育ちや境遇を思えば仕方がないことなのかもしれないけれど。
「……ん……?秋原クン?」
「あ、悪い。起こしたか。」
「うんん……おはよう……。」
「おはよ。」
むき出しになったままの肩が寒そうで布団をかけてやるつもりが、起こしてしまったらしい。ふあ、と小さく欠伸をする無防備な様子に笑って、くしゃくしゃと髪を撫でてやる。
きょろ、と視線を部屋に巡らせて、灰色の瞳は壁掛け時計で止まった。
「もうこんな時間なんだ……。はは、いつもだったらとっくに遅刻してるね。」
「まあ、今日は休みだし。もっと寝ててもいいんじゃねえの?」
「そういうわけにいかないよ、秋原クンが起きているのにボクだけすやすやと眠りこけるなんて……!すぐ朝ご飯とコーヒーも準備するね。」
話しているうちに目が覚めてきたのか、言いながら狛枝は起き上がろうとする。しかし布団から這い出て、ベッドから降りようとした瞬間。
「うわっ!」
「!?」
──ドタンッ、と。
物凄い音がして、狛枝が視界から消える。いや、消えたのではない。ベッドから降りて立ち上がろうとしたところで、そのまま床に転がったのだ。
「だ、大丈夫か?」
「あはは……ご、ごめん……あれ?おかしいな……。」
慌ててベッドから身を乗り出すと、狛枝は床にべしょりと座り込んだまま目を右往左往させていた。腕に力をこめて懸命に立ち上がろうとはしているが、上手くいく気配がない。ぷるぷると震える足を見れば、腰が抜けてしまっているのは明白だった。
「あー……狛枝、ほら。」
「わっ、秋原クン……!?」
見かねて自分もベッドから降り、床にへたりこんだままの狛枝に手を伸ばす。動揺している彼を抱え上げ、再び布団の上に寝かせた。
「本当に……ごめんね秋原クン、まさか足腰が立たないとは思わなくて……。」
「いや、俺の方こそ、その……昨日は無理させたしな。ごめん。」
「いいんだよ!むしろボクみたいなゴミ虫の身体であんなに興奮してもらえるなんて……身に余る光栄なんだからさ……!」
「ったく……すぐそう言う。」
昨夜のことを思い出したのか、顔を赤らめてうっとりと自虐的なことを口にする狛枝に呆れてため息をつく。こちらとしてはもっと、愛されることを純粋に喜んでもらいたいのだが、まあ、こういうところも含めて彼の魅力といえば魅力だ。致し方ない。
ふわり、と雲のような真白い髪を撫でる。触り心地がよくてついいつまでも触っていたくなるが、そうも言っていられない。恋人を動けなくしてしまったのだから、責任は果たさなければ。
「じゃ、ちょっと待ってろ。簡単なものだけど朝飯作って持ってくるから。」
「そんな、悪いよ。」
「いーから。気くらい使わせてくれよ。恋人なんだからさ。」
「……う、うん……。」
またしても顔を赤らめ、しなしなと大人しく布団の中へ潜り込んでいく狛枝に笑う。確かパンが余っていたはずだから、フレンチトーストでも作ろうか。そんなことを考えながら部屋を出ようとする。
──その直前、ドアノブに手をかけたところで呼び止められて振り返る。視線を受けて笑いながら、物欲しそうな唇に甘やかな口付けを降らせてやった。