偏色と不肖者



「オイ、聞いてんのかクソ童貞!」
「うるっせえな。人が本読んでるのが見てわかんねえのかよ……。」
「アア!?このオレ様を無視しておいてうるせえだと!?イかせまくって二度と喋れねえようにすんぞ、この脳ミソチンカス野郎!」
「あぁ〜……。」

数十分の攻防の後、秋原は手にしていた分厚い本を閉じながらため息をついた。顔をあげれば、ギラギラと目をぎらつかせてこちらを睨んでくる入間美兎の姿がある。

その顔は怒りに塗れ、文句を言いたくて仕方がないと書いてあるようだった。

「……で?何だよ。」
「聞いてなかったのか!?テメー、浮気しただろ!?」
「浮気ィ?」

予想の斜め上の単語に目を細める。人差し指で秋原の胸のあたりを叩きながら、入間は詰め寄ってきた。話を聞いていなかったのは認めるが、浮気だなんて全く身に覚えがない。

煮え切らない態度の秋原に怒りが頂点に達したのか、入間は秋原の胸ぐらを掴みあげて叫ぶ。

「ぐぇっ……。」
「とぼけてんじゃねえ!昨日の夜、テメーがメイドババアの部屋に入ってくのをオレ様は見てんだよ!それから二時間も部屋から出てこなかったのをな!」
「ああ?」

昨日の、夜?と記憶を辿る。確かに昨日、秋原は彼女がメイドババアと罵る女性の部屋を訪れた。時計を確認していなかったから二時間もいたのは意外だったが、そういえばそもそも部屋を出たのは夜時間を知らせるアナウンスが流れたからだった。

「二時間も二人きりで何してやがった!?どうせテメーのことだから従順なあの女なら言うこと聞いてエロエロさせてくれるとでも思ったんだろ!?」
「入間。」
「それでも尚渋る東条をテメーは命令だって言って無理矢理ひん剥いて、その貧相なチンコを擦り付けて……つ、付けて……!」
「入間。」
「二時間たっぷりとあの女の中に欲望を吐き出して楽しんだテメーは、スッキリした顔で……裸のままの東条を置いて部屋をっ、へっ、あう、ぅうっ……。」
「……はあ。」

卑猥な妄想を口走りながら、ついにはボロボロと涙をこぼし始める入間の手から徐々に力が抜けていく。ずるずると腰を抜かしてへたり込む入間に、秋原はくしゃくしゃと頭を掻きながら二度目のため息をつく。

強気で妄想だけはたくましいくせに、一度思い込むともうそうとしか考えられなくなる。それでいて打たれ弱い。

彼女の欠点でもあり、それは秋原が愛しいと思う部分の一つでもあるのだが。

「うぅ、秋原、何で……っ、何でなのぉ……オレ様がいるのに……オレ様じゃ満足できないっていうのぉ……?」
「入間……あのな、お前その妄想癖いい加減なんとかしろよ。」
「ぐすっ……ひぅ……ふぇ?」

入間はポロポロと涙と鼻水を零しながら、くしゃくしゃの顔を上げて秋原の顔をじっと見つめる。その顔には捨てられたくない、何でもするからそばに居させて、──と書いてあるようだった。

馬鹿だなあ、こんなに見栄っ張りで強情で、それでいて一途で可愛い女を捨てるわけがないのに。

「執筆のアドバイス貰ってたんだよ。かなり詰まってたから色々相談させてもらって。それで遅くなっただけだ。」
「ほ、ほんとぉ……?」
「ああ、……俺も悪かったよ。いくら東条相手だからって女の部屋に二人きりなのは無神経すぎた。」
「──このインポ野郎がッ!」

と、秋原が謝罪の言葉を呟くなり入間はガバッと立ち上がり、再度胸ぐらを掴んでくる。好戦的な女は嫌いじゃないけど、喉を締め上げるくらいの勢いでくるのは少し勘弁して欲しい。

泣きすぎて真っ赤に腫れた目が睨みあげてくる。全く怖くない。いつもの入間だ。

「気付くのが遅せぇんだよッ!天才の脳細胞を余計な考え事に浪費させんじゃねえ!」
「だから悪かったって。もうしない。……あー、それから。」
「アァッ!?」

全く反省していない雰囲気の秋原に、入間は怒り心頭といった様子で尋ね返す。これでも反省しているのだが、人からはそう見えないのだろう。少しは喜怒哀楽を外に出せ、中じゃなくて外に出せと入間にいつも言われている。

「心配させたお詫びに教えてやらねえとな。」
「何をだよ?」
「俺がお前をどれだけ愛してるか。浮気したなんて疑いで、もう二度と不安にさせないようにな。」
「えっ、……ひぇ、えっ?」

秋原はすらすらとそんな言葉を並べながら、胸元を掴んでいた入間の腕を優しく掴んで引き剥がす。もう片方の手に持っていた紙束を後ろ手に本棚に戻し、器用に彼女の体を向かいの本棚に押さえつける。あからさまに動揺して、入間は目を白黒させながら狼狽えた。

「なな、何、何すんだよ……。」
「いいこと。」
「!」

肩を優しく撫でながら笑えば、入間は顔を真っ赤にして口をはくはくと動かす。ぁ、とか、ぅ、とかそんな言葉にもならない呻き声を漏らしながら、ちらりと図書室の出口の方に視線をやった。けれどすぐ、秋原の顔に期待と熱の篭った視線を戻した。

「ひ、人来たら、ど、どうするの……?」
「見せつけてやればいいだろ。」
「こ……この、ど、ど、ド変態がぁ……。」
「……お前もな。」

完全にブーメランな罵倒に唇の端を吊り上げる。──本当に誰かが来たら、隠れるつもりではあるけれど。そうやって恥ずかしがる入間が可愛いから、黙っておこう。

そっと顔を近づける。観念したように、真っ赤な顔でぎゅっと目を瞑る入間を堪能してから、秋原もそっとその瞼を閉じた。

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