どうせ啼くなら僕の指で



※最原→赤松表現有り








「……でさ、そのあと俺も王馬と一緒に、ロボット差別です!って説教されることになって――、……最原?」
「……、……え?」
「聞いてた?」
「あ……あ、うん、ごめん、ちょっとぼーっとしてた……かも。」

秋原の声で我に返った最原はそう謝り、「何の話だったっけ」と申し訳なさそうな顔で尋ねてくる。口角を上げただけのその場しのぎの笑顔がやけに痛々しい。秋原はその顔を見て、それまで浮かべていた笑顔を陰らせる。そんな変化に気分を害したと勘違いしたのか、最原はもう一度、「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。

秋原は首を横に振る。別に話を聞いてもらえなかったことに不機嫌になっているわけではない。彼を楽しませられなかったとしたら、それは自分の責任なのだから。

だから、そうではない。

この可笑しなコロシアイが始まってから数日、最近よく最原から声をかけられるようになった。何もせず一人で過ごすよりも誰かと話をしていた方が気が紛れるのだろう。それは秋原も同じで、今日もこうして誘われるまま、最原の個室で並んで腰かけ、適当な雑談を交わして時間を過ごしていた。出会った当初はあまり目を合わせようとせず、どこか近寄り難い雰囲気を醸し出していた彼だったが、ここ最近の彼はそれもすっかり抜け落ち、年相応に接しやすい青少年になっていた。どちらかと言えば聞き上手で、欲しいところに的確に相槌を打ったり、質問をしてきてくれたりする。

だからこうして話をしていて、自然と夢中になって置去りにしまうことは致し方ないとは言え――今回の最原は、ただぼーっとしていた、という訳ではなさそうだった。

秋原はしばらく彼の顔を見つめた後、唐突に口を開く。

「最原さ、」
「な、何?」
「赤松のこと、考えてたろ。」
「……!」

ぎく、とあからさま過ぎるほどに体をこわばらせ、一気に顔を青くする。出会った当初、目深に被っていた帽子を今は脱いでいるおかげで、彼のそんな小さな表情や顔色の変化はひと目でわかるようになっていた。仮にも『超高校級の探偵』である彼がそんなにわかり易くて良いものなのかは、ひとまず置いておくとして。

図星をつかれて余程驚いたのか、鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔で硬直する最原の目の前で、軽く手を振る。すると、またハッとなって意識を取り戻した。今日だけで何回別の世界にいくつもりなのだ。

「なんで、そんな……。」
「見てれば分かるよ。お前、わかりやすいから。」
「……ごめん。誘ったのはこっちなのに、無視するみたいになっちゃって。」
「いいんだよ、別に、怒ってるわけじゃないから。」

ぽん、と肩を叩く。しかし、それでも最原から申し訳なさそうな雰囲気は抜けない。それと同時に、何かを憂うような様子も見て取れた。考えていたのが、思い出していたのが、赤松のことだったからだろう。

「で?何考えてたわけ。」
「僕も、赤松さんといた時――そうやって、キーボくんに、ロボット差別ですって言われたことがあって。それを、思い出してたんだ。」
「……そっか。」

最原は懐かしむ様に吐露する。まだ、“こんなこと”に巻き込まれるなんて思ってもいなかった頃だろうか。たった数日前のことなのに、随分と昔のことのように語る最原に、心臓のあたりが小さく痛む。きっと最原にとって、彼女と過ごした時間だけでなく、彼女の存在そのものが宝物だったのだろう。

――諦めちゃダメだよ、みんなで此処から出て友達になろう。

そう、最期まで言い聞かせていた彼女のことを、秋原も思い出す。明るくて、優しくて、底抜けに強い人だった。今でもその言葉と笑顔がまぶたの裏に焼き付いている。彼女が殺されたことなんて、悪い夢だったかのように。

出会ってから、秋原の記憶する限りいつも赤松と一緒にいた最原にとって、彼女の死はやはり、受け入れ難いものなのだろう。いくら前を向くことを、真実から目を背けないことを決意したからといって、一人の仲間の喪失がもたらした心の穴はそう簡単に埋まるわけがない。

ぼんやりと宙を仰ぎながらどこか遠くを見る目をする最原を見るのは、辛い。

「秋原くん?」
「……。」

叩いたまま肩に置きっぱなしだった片手で、小さく彼の身体を引き寄せた。自分と同じ高校生であるはずの彼の体躯は思っていたより細く、けれど感触はしっかりと男性のそれだった。一瞬戸惑うように縮こまる最原だったが、特に害もないと判断したのだろう、すぐ力を抜いてこちらに体を預けてきた。

自分でやっておいてなんだが、そんなに簡単に許さないでほしい。だって、そんなに簡単にいくわけないのだ。この思いは、始めから終わりまで彼を思っていた彼女には到底敵うはずがないのだ。

それなのに。

勘違いしてしまいそうになる。

肩と肩が軽く触れ合い、距離が縮まる。普通の男子より長い睫毛を瞬かせながら、最原は不思議そうにこちらを見上げてきた。その目線だけで気が狂いそうになる。悪意も害意も一切ない、ただこちらの意図を探ることだけは忘れていない、そんな目。

彼の肩にかけた手を離す。

きっとこれ以上近付くことは、誰にも許されない。

「最原、」

掠れた声で彼の名を呼ぶ。きっと自分に呼ばれるより、生きていた彼女に呼ばれた方が何百倍も嬉しかっただろう。そんなことは分かっていて、分かりきっていて、それでも彼の隣にいることをやめたくない。

素直に、秋原くん?と聞き返してくる最原の純粋な瞳に写った自分があまりにも情けない顔をしていて、思わず顔を背けた。まったく男のクセして、本当に女々しい。

「どうしたの、様子がおかしいよ。」
「なんでもない。悪い、ちょっと喋り疲れたみたいだ。」

帰るわ。そう逃げるように言い捨てて、立ち上がった秋原の手を、最原は慌てて掴む。手というより指先だったけれど。その行動に驚いた秋原が足を止めると、やはり純粋な目をした最原が、座ったままじっとこちらを見つめてきた。思わず息を飲んだ音が、聞こえてはいないだろうか。

「本当に、ごめん。埋め合わせはするから。」
「いや、だから本当に怒ってねえよ。長話に付き合わせて悪かったって思ってるくらいだから。……1人になりたいだろ、今。」
「……優しいね。でも、ごめん。」

何回目の「ごめん」だろうか。今度はその場しのぎではない、安心したような微笑みを浮かべて、最原はそっと捕まえた指先を離した。そのままそこにいたらどうにかなってしまいそうで、秋原は「じゃあ」と短くそれだけ言って足早に最原の部屋をあとにする。

扉を占める音が、やけに冷たく響いて聞こえた。





閉じた扉にそっと背を預け、掴まれた右手の指先をきゅっと握る。こんな時も人の体温は残酷なくらいに温かい。その指先一つでこんなにも惑わされていては、そのうちまともに彼と話すこともできなくなってしまうのではないだろうか。――それは困る。

理由もきっかけも、彼との間に何かがあったわけじゃない。ただ、放って置けなかった。最原とつるむようになったのなんて、それだけだったのに。

周りに人がいないことが救いだった。皆、思い思いに出かけているのだろう。まるで自分以外消えてしまったかのようながらんと人気のない寄宿舎で、秋原は立ち尽くす。今は誰とも話す気になれそうもない。

「……はぁ。」

握った指先を額に当て、重々しいため息を吐き出した。どうせ誰にも聞かれる心配はないのだったら、大声で叫び出してしまいたいくらいだった。疲れるばかりで、気が重くなる一方のこの気持ちは続けていて楽しくもなんともない。正直、キツい。

いっそ、息と一緒に彼へのこの積もるばかりで一向に減る気配のない想いも丸ごと、身体の外に出ていってくれればいいのに、と。

そう思った。

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