めまぐるしいこの日常に幸せを | ナノ


▼ 風間



スコープを覗き、周囲を確認する。




市街地B 夜に設定しているため、闇に満ちておりだからこそ隠密に適しており、そのせいで相手の姿が確認できない。
嫌なマップだと内心舌打ちをし、彼は引き金に指をかけながらも一度立ち上がる。
場所を変えるべきか、と考えた時にこつん、と耳が音を拾う。静寂したこの場所で聴覚は敏感に反応するのだろう。

すぐさま音の方向へ向き、アイビスを構える。
だが視界には一つも人影もない。
一件誰にもおらず、先程のは空耳かと考えが過ぎるはずだが彼は躊躇なく引き金を引いた。


「くっ!」

砲撃に近い鈍い音が響き、暗闇の空間から声が漏れたと共に、じわりと姿が現れる。
右肩から黒い煙を放出させるがそれでも活動限界には至らなかった。
相手は地面を踏み込み、孤月を握りしめて彼へと襲いかかる。

「──バイパー」

窮地であり絶体絶命にも関わらず、彼は狼狽えることなくバックワームを解除させただ一言呟く。
彼の背後で生まれたトリオンキューブが一瞬にて分割し不規則な軌道を描く。
相手は足を止め、シールドで防御しようとするがそれを避けるようにキューブは動き、的確に心臓部を貫いた。






「あーっ!もう!カメレオンうざったい!そう思いません!?」
「それを主としてる俺に聞くのか」



平日、日が暮れかかっている時刻でのラウンジで暴言が響く。
その声の持ち主はバン、とテーブルを叩き、「すごく腹がたちます!」と立ち上がって大きく自分の主張を叫ぶ。
愛らしい少女の出で立ちをする“彼”と対面する背の低い黒髪の男性は無表情を貫き、「椅子に足を置くな」と冷静に注意を述べるのみ。

どこまでも対照的な二人は周囲の人々の注目の的であり──そして不思議そうな表情を浮かべるのだ。

何故二人が対談しているのだろう、と。


「いつの間にこんな嫌なブームができたんですか全く!狙撃手であるボクに圧倒的不利じゃないですか!」
「そもそも狙撃手が個人ランク戦をするもんじゃないだろう。あと座れ」
「まったくもってムカつきます。……あ、でも風間先輩達がやってたあの戦法は例外ですよ?」
「そうか」

どうからどう聞いても贔屓であり、ある意味理不尽だな、と眺めている隊員は思った。
叫ぶだけ叫んでスッキリしたのか彼はイスに座り直してテーブルに置いていた缶ジュースを飲み干す。

「くー!染みる!」
「おっさんかお前は」
「違います!…そういえば明後日のランク戦風間先輩達出ますよね?」
「ああ」
「実はボク解説に呼ばれちゃいまして〜」
「ほお」

テンポよく二人は会話を弾ませていく。
というものの八割喋っているのは彼で、前にいる男はただ軽く相槌を打つだけだ。


そんな二人に近づく足音が二つ。



「また風間さん、その人と喋って……」
「…菊地原、それに歌川も」

不貞腐れたように口をとがらせる菊地原とその後ろで苦笑いを浮かべる歌川。
男─風間は何か用か?と尋ねれば、歌川は勉強を教えて貰いたくてと脇に抱えていた教材を見せる。
我ながら偉い後輩だと風間はふと単位を犠牲にして戦うA級隊長のことが頭に過ぎる。
一方、変わらずむすっとした表情をする菊地原は風間隊の話し相手をしていた彼を睨む。


「なんで元風間隊の人がいるんですか」

そう、周囲の人々も心の中で菊地原の言葉に賛同する。
何故そこまで注目されていたかと言えばそれが原因だった。

元々風間と彼─月丘─は部隊を組んでいた。

とは言ってもその頃はランク戦で部隊同士が戦うといったことも無く、今よりも人は少なかった。防衛任務の時だけ共に戦うチームでしかなかった。
だが現在は人口も増加している。部隊も数十となり、A級とB級の境目ができた。
その頃に彼等は突如理由もなく解散し、今の隠密部隊である風間隊が存在している。

いったいなぜ、と人々は不思議に思った。

人間関係に縺れが出来たのか、どちらかが問題を起こしたのかとも噂された。

後者では月丘ではないかと囁かれた。何せ、風間が菊地原と歌川で組んだ時には彼の姿が居なかったからだ。
辞めてしまったのかと言われたがその1ヶ月後月丘はまたボーダー基地に平然と、何事も無かったのように現れた。
その間風間は険しい顔をすることが多かったが月丘が戻るとそれも無くなり、そして元隊員である彼とこうして接し始めている。

仲違いではなく、かと言って月丘が部隊を作る訳でもないならどうして解散してしまったのか?と皆疑問に抱いていた。


菊地原もまたその一人だ。


「べつにいたっていいじゃないですか。雑談ですよ雑談〜」
「何それ」

当の本人はただ人懐っこい笑みを作るだけでその態度に菊地原は顔をしかめる。
彼は空っぽの缶を持ち、「勉強するならボクは邪魔ですからねー。お邪魔しました」と手をひらひらとさせながらも風間達に背を向けた。
自分達を気遣った月丘に歌川は慌てて一礼し、見えなくなるとぽつりと呟く。

「……どうして月丘先輩と解散したんですか?」


質問の矛先はやはり風間だ。

恐らく勉強を教えるということも建前で本当はそれが聞きたかったのだろう。二人の心境を察した風間はため息をつく。

「ここで話すの癪だ。作戦室に戻るぞ」






ラウンジから自らの作戦室へと風間達は移動する。中に入ると風間は椅子につき、続けて歌川と菊地原もいつもの定位置に座り、目の前にいる風間を見る。

細い赤目は二人を照らし、口を開く。

「簡単な話だ。戦い方が違う」
「戦い方……」
「隠密トリガー カメレオンを使えば狙撃手との連携が難しくなる。俺が言い出す前にアイツはその事を直ぐに理解して自分から解散するよう申し出た」
「そう…なんですか?」

あっさりと理由が判明し、思わず拍子抜けで肩の力が弱まる。
たしかに合点がいくがなんともしっくりこない。歌川と菊地原は顔を見合わせ、なんともいえぬ表情をする。
風間はその様子に少し顔を緩めながらも冗談混じりに尋ねる。

「噂に尾ひれがつきすぎて拍子抜けしたか?」
「あっ、えっと」
「…月丘先輩から言うなんてあんまり信じられないです」

あの人、わがままいっぱい言いそうだしと口をとがらせる菊地原に風間はふっと笑う。

「そうかもしれないな。……それにもうひとつ理由がある」
「もう1つ?」

風間は頷くと棚の引き出しから何かを取り出すと二人の前へと置かれる。
何十枚もの書類であり、ぎっしりと文が引き詰められている。
二人は風間の行動の意図で見えず、訝しげな表情を浮かべた。

「これは…?」
「近界遠征についての資料だ」
「遠征って……近界に行くってことですか!?」

予想外の返事に思わず歌川は声を上げ、菊地原も目を見張る。

近界民─ここではトリオン兵を指すが実際のところあちら側にも人間がいるとははっきりと聞いたことは無い。
そんな未知の世界である近界への遠征なんて初めて耳にした。

「これはごく一部の人間しか知らない。お前達なら漏洩しないと判断してこうして今話している」
「……それが月丘先輩と何か関係があるんですか?」

問いかけに風間は目を伏せた。空気が鉛のように重苦しくなる。
深く息を吐き、吐き出された声は絞り出すようだと、感じた。




「月丘はこの遠征部隊の常時メンバーとして選ばれた」


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