「おにいちゃんの家、おっきいんだね」
「……」
訳の分からぬことを言った少女は嫌な顔をして逃げようとするソニックにとにかくへばりついた。
腕にしがみつき、絶対に離さないという頑丈な意思を持っていた。少し涙目で拒絶すればきっと大声で泣き叫ぶだろう。
それは少し嫌なものだから、結局自分の住処までついてこられた。
廃ビルの中にある一室を勝手に使っているがここはガスも電気も通ってるため中々便利な場所だ。清潔感は、余りないが。
少女はそんなことは気にしないタチなのかボロいソファに飛び込み、ぴょんぴょんと軽く飛んで喜ぶ。
「おい。遊ぶな、埃が立つ」
「あ、はあい」
指摘すれば素直に跳ぶことをやめて少女はちょこんとしっかり座る。
意外に礼儀正しいのか?と思ったが人の住処まで来るやつが正しいわけがないかとその考えを放り投げ、早速本題へとはいる。
「で、なんだ。…貴様のことが見えるとか、見えないとか」
「あ、うん!あのね、……わたし幽霊なの!」
にんまりと笑う少女。
そして相も変わらず彼女の発言にはイマイチピンと来ない。
幽霊、死者が成仏できずにふよふよと漂っているもの。世間ならば幽霊は足がないはずだが。
(いやそもそも幽霊だと?馬鹿げている)
そんなもの、存在しないに決まっている。
ただの子供の嘘かとため息をつくとあっ!と少女は声を上げて、眉を釣りあげた。
「嘘じゃないよ!」
「お前のどこが幽霊なんだ」
「だっておにいちゃん以外、わたしのこと無視するんだよ。それって見えないってことでしょ?」
ぷい、と顔を逸らし、頬を膨らませる。
確かにこんな弱そうな少女が一人でずっと裸足でウロウロしていれば普通警察が気付いているだろう。そもそも周囲の人間が子の姿を見て知らぬ振りはないはずだ。
そういえば、自分が彼女と歩く最中も人々は誰一人目を向けなかった。
「他に証明するものはないのか」
「ん、んー……」
ソニックの問いに少女は深く考え込み、数十秒してあっ!と何かを思いついたのかおもむろに立ち上がってこちらに近づく。
「えっとね。こう力を入れたら……えい!」
「!なっ、」
ぐっと拳を構えると彼女は突然ソニックの腹部へと殴ろうとする。
咄嗟に身構えたものの、彼女の小さな手が腹の中へと入っていく瞬間を目の当たりにしぞわり、と背筋が震えた。
思わず退き、腹部を撫でたが何一つ外傷もない。
痛みも感じない。
なんだ、なんだ今のは…?
動転するソニックに自慢げに少女は笑い、ピースをする。
「とおりぬけ!すごいでしょ!」
「…………」
絶句するしかない。まさか本当に幽霊?否、そんな。
グルグルと抜け道のない思考の迷子。
今までにはいなかった相手にたちすくみ、呆然とするソニックに段々と少女は笑顔から心配な顔へと変わっていく。
大丈夫?もしかして当たっちゃった?とソニックの手を先程まですり抜けていたはずの小さな手が取る。その手は酷く冷たく、まるで死人のようで。
よくよく見たら彼女は少し青白い。
日焼けしていないだけというわけじゃないだろう。白のワンピースを揺らし、ソニックの顔を覗く。
「…本当に、貴様は幽霊なのか」
「うん」
「…それで俺にどうしてほしいんだ、」
「一緒に居たいの」
もうどうにもなれと半ば八つ当たりのように渋る言葉をかぶせるように少女は叫ぶ。
それは酷く単純で、簡単で、面倒な願い。
どうしてこうなったのかといったい何度かもわからぬため息をし、現実から逃れるように目を閉じる。
それでも、少女の冷たい手は己の腕の体温を下げ続けたのだ。
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