突如、意識が浮上していく。


重たい瞼を開けると男は薄暗く、狭い路地に立っていた。まだ頭がぼんやりしてるせいか、中々思考が追いつかない。
何故俺はここに居る?ここで立っている?

(確か、俺は五条の坊に……)

男は確実に五条悟に殺されたはずだった。
自分の身体を見ると消し飛んだはずの左腕と腹が治っていた。動かす。異常はなかった。

無傷の身体。どこも痛みがない。


しかし、今までとは違うところが一点。


「身体が透けてる……」

半透明になった手が視界にある。男は首を捻らせる。自分は死んだ。でもなぜか立っている。それはどうして?
疑問は尽きない。しかし答えが見いだせない。
整理し、答えを導き出すためには余りにも情報が少なくて。
どうしたらいいのかも分からず、男はそこで立ちすくみ続けていた。
何分、何十分、何時間。

時間がどこまで進んだのか分からない。
ゆっくりと動く雲を眺めていると、後ろから物音がした。


「おじ様、迷子なの?」

振り返ると少女が立っていた。長い髪をし、赤いランドセルを持った少女は男を見ると可愛らしく首を傾げた。

迷子。言い得て妙であった。

自分も他人も尊ぶ生き方をやめて、五条悟との戦いに敗北した先にある道は真っ暗で。
どこを目指せばいいか、何をすればいいのか、男は分からなかった。


「……ああ、」

男は頷くと少女はそれは大変、と目を丸める。そして、「じゃあわたしと一緒に来る?」と男に手を差し伸べたのだ。
今初めて出会った人間を心の底から心配した瞳をし、小さな手を男に伸ばしている。
無邪気。純粋。無知。単純。

なんの邪気もない少女は男の前に立つ。
男はどうするべきかと考えようとした。けれど、頭で考えるより先に男はその差し伸べられた手を取ってしまった。

自分でも驚きだ。男が呆然としていると、少女は優しく微笑み、「いこっか」と笑いかける。

それを見て男は、まあいいかと思った。

だって、もう行く所はないのだから。




「おじ様はね、幽霊さんなんだよ」
「へえ……」
「ほら、あそこにも居る」

住宅地に二人は歩きながらも話をしていた。と言っても少女ばかりが喋っていて、甚爾は相槌を打つだけだ。

少女が指さした方向に男は顔を向けると半透明な男性が電柱辺りをウロウロと歩いている。

ただそこだけを歩き回る姿は不気味だが、誰もが素通りしていく様子は少しばかしシュールだ。

「幽霊さんはあちこちにもいるんだけど、たまに迷子になってる人がいるんだよ。おじ様もそのひとり」
「へえ」

自分は見たことも聞いたこともない。
呪霊とはまた違う存在なんだろうか。

「なあ、お前は気持ちわりいバケモン、見たことあるか?」
「?……黒いモヤモヤさんなら知ってるけど」
「…そうか」

どうやらはっきりとは見えていないらしい。
どこか安心した。

甚爾は少女の返答に満足し、少女が家に辿り着くまで彼女の話に耳を傾けるだけで尋ねることはなかった。
少女の家の前に来ると彼女は音を立てぬよう、そろりそろりと鍵を取り出して玄関の扉をゆっくりと開ける。
その行動に不審に思いながらも口には出さず、中へと入っていくのを甚爾はついていく。
足音を忍ばせながらもリビングを素通りし、そのまま階段を上りある部屋にたどり着く。中は狭く、それでいて物がごちゃついている。
物置だろうかと観察していると足元に何かが擦り寄ってきた。

「にゃーん」
「うお」
「あ、ポチだ」

黒い猫が男の足元にいる。少女は猫の名前を呼ぶと猫を抱えて、甚爾に見せる。猫もまた、半透明だ。

「この子は幽霊の猫さんなの。ポチって言うんだよ」
「猫にポチって付けるのか…」

手を伸ばし、頭を撫でると猫は目を細めてにゃあ、と鳴く。満足したのか少女の手からすり抜け、ダンボールの上で丸まった。
猫は気まぐれだなと男は思っていると「好きなところ座っていいよ」と促されたため、無造作に置いてある椅子に座る。
近くに雑誌を見つけたので触ろうとするとするり、と手がすり抜けた。

「…触れねえ」
「あ、ものに触る時は意識しないとダメなんだよ。前にいたお姉さんが言ってた」
「へえ……」

少女の言う通り、物を取ろうと意識する。そうすれば雑誌は自分の手をすり抜けず、きちんと持つことが出来た。幽霊の体は色々不便だなと甚爾は雑誌をパラパラめくる。

その様子に何故かニコニコと少女は眺める。

「おじ様が飽きるまでここにいていいよ。ここはわたしの部屋だもの」
「お前……お人好しだな」

幽霊とはいえ、赤の他人を軽々と部屋に連れ込むとは。幽霊なのだから別に鍵がなくても勝手に家には入れるだろうが、それでも普通はそんなことを言わない。

「そうかな?でも、」
「ゆう!どこにいるの!!」

少女が返事を返そうとする途中、下からヒステリックな声が響く。ゆうとは、きっと少女のことだろう。
びくりと肩を揺らし、少女は慌ててランドセルを置いて扉を開ける。

一度甚爾の方を見て、

「おじ様、ごめんね。わたしちょっと下に行くから…ここでのんびりしてて」

と早口で言うと甚爾が声をかける間もなくパタパタと足音を立てて、下へと降りていった。
猫と男だけが部屋に取り残される。
少女がそう言うなら待っておくか、と男は思っていたのが猫はダンボールから飛び降りて扉の前に立つ。そして甚爾をじっと見るのだ。

「……なんだ、行けってか?」

猫は鳴く。そうらしい。
面倒なと思いながら甚爾は猫の近くまで寄る。猫は甚爾を一瞥するとするりと扉をすり抜けていった。
甚爾は少し驚いたが自分も幽霊なのだから、と同じように扉を開けず歩いた。
そのまま階段を降りているとヒステリックな高い声がリビングから聞こえてくる。

「鈍臭いわねえホント!!」
「ごめんなさい……」
「フン。私これから出掛けるから、コレで適当に食べてなさい!いいわね!」
「はい、おかあ様」

女の常に怒った声音に少女はただしおらしくいて、その姿に女はただ鼻を鳴らし、ズカズカと玄関に行った。
バンッ、と荒々しく扉を開けて閉める音はよく家に響き、少女がリビングの中心でぽつんといるのを甚爾は声を掛ける。

「いやな母親だな」
「おじ様!ごめんね、変なところとみせちゃって。とてもきまずいわ」

甚爾が自分の言うことを破っても何も言及はせず、自分が悪いように眉を下げる。しかし直ぐに微笑んで、階段を指さす。

「はやく二階にもどろう。おかあ様もいないから、声のボリュームも気にせずたくさんお話できるわ」
「話って……何話すんだよ」
「幽霊さんの話とか…あと、おじ様の話も聞きたいわ」
「俺の話なんかつまんねえよ」
「そんなことを言う幽霊さんは沢山いたわ」

でも、全部魅力的だったの。

愛らしい笑みを浮かべる少女に甚爾は眩しそうに目を細め、猫は少女に同調するように鳴いた。



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