(祟り神+女子高生)



つまらない、くだらないと思う。
机に腰掛けてゲラゲラ笑う男子の声も、教室の隅で花を咲かせる女子の恋の話もそう。私にはどれも興味が持てない。


華々しい女子生徒の輪を視界の端に捉えながら、よくもまあ次から次へと話のネタが尽きないものだと関心する。関心したところで何がそんなに面白いのか残念ながら私には理解できないのだけれど。


澄んだ昼下がり、賑やかな教室に自分という存在が酷く異質に感じた。みんなが笑っている。そんな中、仏頂面に加えこんな卑屈染みた思いを巡らせている時点で、まあ終わってる。


教室の隅、窓際の後ろから3番目。頬杖をつきながらぼうっと窓の外を見つめる私は、賑わう教室の中そんな景色に無表情に溶け込んでいた。


3年間何度席替えをしようが変わることのなかった景色に、今ではもうその数と場所まで覚えてしまった机の傷。公平を期して行われたはずのくじ引きは何故か私を毎回この席へあてがった。ここではそんなこと誰も気に留めやしない。平穏な日常の裏に潜む異常さは、時に人の感覚を麻痺させる程に世に溶け込んでいる。月代第一高校、ここもそのひとつだった。


ああ、空が青いわ。嫌になるくらい。



「お前、友達いないだろう?せっかくの休み時間なんだ。会話に混ざってきたらどうだい。」



空は青く晴れ渡り、日光の差し込んだ明るい校舎は清らかに澄んでいる。何の変哲も無い穏やかな時間。…には到底そぐわない、明らかに異端の化け物が今日も傍に立っている。私の日常にはいつだって不気味な笑みを浮かべて佇む彼の存在があった。



「………」

「十和子、無視とはいい度胸だな。呪ってやろうか。」

「遠慮しておくわ。」



私には死神が憑いている。死神というのも、これは私が勝手にそう呼んでいるからだ。悪鬼かはたまた荒神の類か、正体はわからない。しかし、どす黒く悍ましい妖気を身に纏い、鋭く尖った牙を剥き出しに不気味に笑うその姿はまるで死神そのものだった。


この世には人に悪さをする妖とそうでない妖がいる。彼について一つだけわかるのは、確実に前者だということだ。


物心ついた頃から私、沢田十和子(さわだ とわこ)の世界は異端のモノで溢れていた。彼らがこの世のモノではないのだと気が付いたのは小学生のとき。家にも、公園にも、時には学校にでさえ、彼らは人に紛れてどこへでも姿を現した。


妖の存在を感知する力というのは、幼い頃の一過性のものか先天性のもの、または彼らと共鳴した体験がきっかけで目覚める後天性のものもあるという。私の力はおそらく先天性ものだ。とはいえ他人に打ち明けたことはない。両親に相談することは幼い頃に試みたが、虚言癖だと心配をされたため既に諦めた。


彼が私に憑くようになったのたしかそう、あれは小学3年生の夏休み頃だった。終業式の帰り道、雨の中ずぶ濡れで突っ立っている男を見つけ哀れに思った私は何を思ったか傘を差しだしたのだ。自分にはカッパがあるからと、手のつけようがない程に捻くれた今からは想像もつかないような寛大な心で彼に手を差し伸べた。それが大きな不幸の始まりになるとも知らずに。



「考えごとかい、十和子。」

「ええ、少しね。どうにかしてお前を他の人間に移せやしないかと思って。」

「…………」



まあ、本当にそんな方法があるとは思っていない。なぜならこの化け物の異常なまでの執着心を自分は身を以て知っているからだ。恐ろしく狂った死を纏う魔物。



「ナンダ。まだ諦めていなかったのか。往生際が悪いよ十和子。諦めろよ。私はお前以外を選ぶつもりはないさ。お前ほど醜い人間が他にいるものか。」

「悪かったわね、綺麗じゃなくて。」

「なに、褒めてるんだ。ああ、旨そうだ。ほんと堪らないよ、お前のその卑屈で反抗的な目がさ。」

「いい趣味してる。」

「十和子、お前は独りでいい。人と群れることなんてない。それでいいんだよ。誰にも渡してやるものか。」



十和子。そう名を呼ばれるたびに私が沈んでいくような気がした。暗く深い穴、そこには誰の話し声も、何の音も聞こえない、とても寂しい場所。いっそ死ねば解放されるのだろうか。そう考えて、ふと思う。既に自分は死んでいるようなものではないか。九年前彼に出会ってしまったあの日から、きっと沢田十和子は死んでいるのだ。



「私もお前も、狂ってるわ。」



願わくば、全てが終わりますように。なるべく穏やかに、誰にも気付かれないように。都合上の神様なんてきっとどこにも存在しない。ああ、空が青いわ。嫌になるくらい。

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【登場人物】

・沢田 十和子(さわだ とわこ)
→月代高校三年の女子生徒。幼い頃恐ろしい妖に魅入られ運悪く取り憑かれてしまった。捻くれた性格で学校では基本ひとりで行動している。

・【死神】
→十和子に付きまとう不気味な祟り神。恐ろしく強い力を持っており、取り憑いた彼女の周囲をおどろおどろしい妖気で包んでいる。

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