沈んだ人魚 | ナノ




「また客船が沈没ですって」
「あらまぁ、怖い怖い」
「あの魔の海域に入ったんだろう?艦長の指示ミスじゃないのか?」
「どういう賠償が出るのかねぇ」

『別界』の人々が号外を見ながら口々に呟く。そんな人々の言葉を無視して、小柄な金髪の青年は、その海へと向かった。

広いいコバルトブルーの海は、空と海との境界がない。透明度の高い海は底まではっきりと見えた。その海の底には宮廷がある。人魚族が住まう王国だ。そしてこの海は、人間からは魔の海域と呼ばれている。海を渡る手段である船が、この王宮の上を無断で通ろうものなら、その船は転覆する。

しかし、転覆してもその船に乗っていた者達は全員無事なのだ。人魚族が尽力して、救助をしてくれるからだ。水中でも自由に呼吸が出来る人魚族は、種族への偏見はない。

たった一人を除いて。

「まーたお前さんじゃろ!!えーかげんにせぇよ!!」

小柄な金髪の青年は、その海に向かって言う。

「はぁ!?」

彼が口を開いた途端に、大波が彼を襲った。魔力を帯びたその波は、並みの人間ではどうする事も波に捕らわれる。

しかし、彼は、自身が張った電気を帯びた結界でその波を防いだ。辺りは水に濡れる中、電気を帯びた彼だけは濡れる事無く無事だ。

「人間風情が何をしに来た」

海面から上半身を出した人魚族の王女は、憤怒の形相で彼を見る。

彼女は人魚族でありながら髪が短い。髪に魔力を溜める人魚族としては、髪は神聖なものであり、また己の魔力の多さを示すものでもある。その髪が短いという事は、他ならぬ事情があるという事を如実に物語っていた。

「お前さん、まーた船を沈めたじゃろ」
「それが何か?下劣な人間が、わたくしの頭上を通る方が悪いに決まってんだろうが!!」
「その口の悪さはなんじゃボケ!!」
「黙れクソチビが!!去れ!!」
「誰がチビじゃゴラァアア!!!!どつくぞワレェ!!」

彼が足で地面を踏みつけると、彼の足元には雷属性を示す魔方陣が浮かび上がった。激昂した彼が雷系魔術を放とうとした瞬間に、彼は我に返る。

「ああ、いかんいかん。ボクはただお前さんと話しをしに来たんじゃけぇの!!喧嘩しにきた訳じゃねぇ」
「わたくしの方は、テメェなんぞと話す事は何もねぇよ。帰れ、人間」

人魚は彼の話しを聞こうとはせず、海中に潜って行った。彼が呼んでも反応はなく、会わないつもりらしい。

「あー…。駄目か…」

小柄な金髪の青年は、落胆したように頭を掻いて家路に着く。

「これじゃぁ、妹さんも浮かばれんじゃろうに……」

彼の下駄がカランカランと音を立てた音を、人魚は聞いた。