想像された創造 | ナノ




「お前にひとつ訊きたいんだけどさぁ」

『冥界』の奥深く、冷たい氷が覆う仄暗い場所に居るその神が、不審げに眉を寄せて口を開いた。うなじから生えている矢印のような触角が寒さで僅かに震えていた。

「ボクがさぁ、まぁ、人の負の感情を増やしたら、やっぱりお前の仕事も増えるのかい?」

光すら反射しない真っ黒な手帳を閉じて、その問われた者は口を開く。

「増えるね。お前が増やした負の感情で、その手を汚して罪人となる生者は後を絶たない」
「へぇ〜。それはごめんねぇ〜。でもさぁ、これが闇神としてのボクの仕事。お前の仕事は一般人、若しくは罪人の魂をここへ運ぶ事だもんねぇ」

小柄で少年のような容姿のその神は、若干人を馬鹿にしたようにケタケタと笑う。

「けれどお前は運命の女神の決めた人間の感情は動かせない」

紫色の瞳は冷たくその神を射抜く。闇神と同列の死神は、生者の前では見せない、酷く冷たい顔をしていた。

死神の言葉に、笑う事を止めた神は、至極詰まらなさそうに、唇を尖らせて呟いた。

「そう、ボクはあの運命の女神には逆らえない。勿論、お前もね。彼女はボクと対極の光神でもある。そんな彼女の紡いだ運命の糸は、誰が覆せるんだろうねぇ」

また、にやにやと彼は嗤う。

「人間かな?」
「さぁ?」
「それとも、亡者かな?」
「知らないね」
「グールとかグーラかなぁ?」
「…………」

死神の紫色の瞳が、死の色を宿した。

「怒んないでよぉ。ボクは、“女神が選んだ人間でも、グールが関わればその魂ごと消滅する”なんて言ってないよぉ」

手を叩いて彼は嗤う。まるで地べたを這いずる虫けらでも見るように、高い位置から死神を見下ろして嗤う。

「それに、ボクは真面目なお前は嫌いなんだ。もっと人にやるみたいにやってくれた方が面白いや!」
「…………」
「ねぇわかるぅ〜?お前さぁ、生きている者が好きだなんて言ってるけど、本当は大っ嫌いだよねぇ?だって、人間なんてどうせ死ぬもんねぇ!!あの歌姫みたいにさ!!」

嗤う神は邪神だ。彼は、闇の属性を司ると共に、人に災いをもたらす。その災いは、病であったり、戦争であったり、人の負の感情を動かす。

しかし、彼が何度煽ろうと、死神はその冷たい表情のまま、彼が望むようにはならない。

「そうだ。稀代の歌姫と言われたシルヴィア・ファヴァレットは享年18歳。死因は火刑による火傷でも窒息死でもなく、グーラに魂を食われた事が死因だ。どちらにせよ、彼女の魂は僕の管轄外だ」
「でも、お前は彼女を目に掛けていた。彼女が『冥界』堕ちしたからだよねぇ?」
「まぁ、気にはなっていたよね。死神に近付いた人間がどうなるのか」
「あ!『冥界』堕ちといえば、木内健也だよ!!あれも女神が選んだ人間なの?全然靡かないんだけど!」
「ああ、木内健也ね彼は」

死神は静かに、死を宿した瞳のまま、嗤った。

「ここに忘れ物をした」