とある可能性 | ナノ




「ひとつ訊いて良いです?」

本を読んでいた、新緑のような萌える木々の葉色の髪をした、エルフ族の少女が尋ねる。その本は『別界』や『魔界』、『人間界』には存在しない筈の本だ。禁書として歴史の闇に屠られた筈のその本は、ある可能性について呈示されている。

尋ねられた青年は、アメジストのような瞳で少女の言葉を待つ。

「『冥界』や『天界』の住人には、死という概念はあるんです?」

青年は柔らかく微笑んで答える。

【あるよ。そのふたつの世界は、生者が行き着き亡者の場所だ】
「違うのです!!そうじゃないのです!!」

少女は頬を膨らませて言う。どうやらお気に召さない返答だったらしい。

「わたしは、『冥界』や『天界』の住人って言ったのです!!だから、タナトスや君のような人も死ぬ事はあるんです?」
【あなたは中々答えにくい事を訊くね】
「それが生きているエルフの探究心の賜物です」

踏ん反り返り少女は、得意げに鼻を鳴らした。エルフ族は人間よりも探究心が強い。気になる事は自分が納得するまで、とことん調べる者が多い。この少女もまたその純潔のエルフ族の血を引く為、気になる事は気が済むまで訊く。

喩えそれが相手が死神と言われる種族であってもだ。

【そうだね、『冥界』や『天界』の住民にも寿命はある。他の種族よりも遥かに長い寿命だけどね。あなたからしたら、永遠に見えるのかもしれない。けれどそれは、神族以外だ】
「つまり…、タナトスや君のような人は死なないのです?」
【死ぬ、というよりも、消えてなくなるという方が正しいのかもしれないね】
「どういう事なんです?」
【神族が死ぬ時は世界が死ぬ時だ。まぁ、人が生きている限り僕達のような神族は、死なないね】
「永遠を生きるんです?」
【人が死んだら神族も死ぬという事だね】
「……。よく判らない事です」
【あなたが知るにはまだ早いのかもしれない。だからもっと世界を見ると良い。それが、生きている者の特権でもあるし、幸せでもある】

少女は腕を組んで悩んでいる。対する青年は死神には似合わない程、柔らかな笑顔を浮かべていた。

「君はタナトスと違って話しやすくて良いのです」
【ありがとう。タナトスの事もあまり嫌いにならないでやってほしいな】
「いや、うざいから無理」
【ははははは。でも、タナトスのあの性格は、あくまで表面上の性格なんだ。寧ろ、僕やお母様からしてみれば、あっちの性格の方が不自然なんだよ?】
「いや、想像出来ないのです。うざくないタナトスなんて想像出来ないのです」

眉間に深く皺を刻んで、少女には似つかわしい表情で息を吐いた。