霜詩想逢 | ナノ









かつて霊峰とも呼ばれていたこの雪山の山頂で、少女の姿をした金髪の雪女は夜空を見上げる。漆黒の夜空には煌めくガラス細工を散りばめたかのような星々が、その何光年という距離から輝いている。

「今年もこの季節になったけんね」

雪女であるが冷え性というなんとも奇妙な体質のその雪女は、羽織っていたストールを更に体に巻きつけた。今宵の山頂は風もなく、天候は良い。しかしそれでも、彼女には少々寒かった。

新雪が降る中、一箇所だけ何故か全く雪が積もっていない場所があった。その場所だけは、青々とした緑の芝生が覆い、その上には小さな花が数輪咲いていた。

彼女はその花の近くに腰を下ろし、慈しむ様にその手で花弁を撫でた。雪山という厳しい条件化で尚美しく咲くその花は、まるで誰かを待っているかのように、凛としたまま散る事はない。

氷の精霊の結晶とも呼ばれるこの花を、今と同じように慈しみ撫でる者が居た。その者もこうして、新しい冬になると彼女と同じように、こうして山頂へと赴いていた。

その者がここへ来なくなったのは、もう何十年も前になるのだろうか。彼女と時間の流れが違うその者は、最期の時まで彼女とこの場に訪れていた。

「今年は、一輪だけ貰ってくけんね」

その言葉は花に言ったのか、それとも今は亡きその者に伝えたのか、彼女はそう呟くと一輪だけ花を摘んだ。大地からの恩恵を失ったその花は、詰まれた瞬間に結晶化する。その結晶化した花は枯れる事無く、水晶のように澄んだままだ。

思い出の唄だという唄を口ずさみながら、彼女はその冷たい手に結晶化した一輪の花を持って、彼女は雪山を降りていく。

誰も居なくなったその花が咲く場所に、一人佇んでいた事には彼女は気付かなかった。