1.寂しい
「寂しい」
この言葉が私は嫌いだ。どうしても人を束縛してしまう。例えば、遠く離れた静岡に住む彼氏とか。
私の彼氏、荒北靖友。彼は洋南大学の学生で、自転車競技部に属している。そして、私みょうじなまえ。私は明早大学の学生。サークルには所属していないけれどアルバイト三昧で日々忙しい。こんな私達の休みはそうそう合うものではなく、お互いがお互いにそれを分かりきった上でこの関係を続けている。それでも、ひどく気分が沈んだときや、ふと独りでいることが嫌になったとき、どうしようもなく靖友に会いたくなってしまうときは来てしまう。けれどそれは私のワガママで、彼には彼の時間がある。そう思い、この気持ちを心の中に仕舞い続けた。
いつか誰かに言われたことがある。彼氏になかなか会えなくて寂しくないの? って。そりゃ寂しいに決まってる。寂しくないわけがない。でも、私の想い以上に「寂しい」という言葉には人を縛ってしまうような重たい鎖がついていることも私は知っていた。
「なまえチャンさ、他に男いんの?」
「えっ」
言葉が出なかった。なんで、なんでそんなこと言うの。意識するよりも先に目に雫が溜まる。勿論、靖友以外に男なんていない。だから、恐る恐る口を開いた。なんで…? そう聞くのにとても長い時間を有した気がした。
「なんでって、なまえチャンいつも平気そうな顔してっから俺がいなくてもいいのかなーって。んでそう考えたら、他に男でもいんのかって思っただけェ」
あっけらかんと彼は言葉を紡ぐ。対する私は目から驚くほどボロボロと涙を零し嗚咽混じりで言葉を吐く。
「他に男なんていないよ。私が、好きなのは、靖友だけだよ… 平気なわけじゃないんだよ… でも、靖友のっ、重石にだけは、なりたくないから… 」
「別に重石だなんて思わねェよ。だから思ってることはちゃんと言えバァカ」
乱れる呼吸を少しだけ落ち着かせ口を開く。
「寂しい」
消え入りそうな声でそう呟くと、またボロボロと涙がこぼれ落ちる。寂しい。寂しい寂しい寂しい。ずっと靖友の傍にいたい。私も靖友も忙しいから我慢してた。いっぱい会いたい。同じ時間を2人で過ごして、一緒にいるだけで幸せって、靖友と笑っていたい。こんなワガママな彼女でごめんね。とめどなく溢れる想いが流れだし靖友へと送られる。
「最初っからそー言えよォ、バカチャァン」
靖友の腕が私に向かって伸び、何処へも逃げられないくらい強く、それでいて優しく、私を包み込んだ。
「もう離さねェよ…」
(君にそばにいてほしかったこと)
(ずっと言えなかった私の想い)
(やっと…届いた)