1.来いよ
「みょうじ!」
私の想い人はいつも私の隣にいる。具体的に言うと、隣の席に座っている。名前は手嶋純太。自転車競技部の次期部長だ。彼は苦笑いを浮かべながら私の名を呼ぶ。
「悪い。さっきの授業のノート、写させてもらってもいい?」
理由は大体いつもこれ。夏が過ぎてから彼は今までよりも自転車に全てを注ぎ込むようになった。授業中も練習メニューを考えてるらしい。ノートをとるのを忘れて授業を終え後悔する彼に最初に声をかけたのは私だった。少しでも彼の力になればいいな、なんて気持ちもあったが、もしかしたら彼からの好感度を上げたかっただけなのかもしれない。
彼とのノートの貸し借りに正直私は浮かれていた。自宅に帰ってからも軽く笑みを浮かべながら返ってきたノートを開く。すると『明日の放課後屋上で待ってる』というメモ書きが一枚。差出人はきっと彼だろう。恥ずかしさと嬉しさで心が踊り、何時間もベッドの上で右へ左へ転がっていたのは言うまでもない。
翌日放課後指示通りに屋上へ向かうと、既に想い人はその場にいた。お、来たなー、なんて軽くこっちを見つめる彼の目がどこか真剣なものであることを期待してしまう。
「そんなことにいるのもあれだしさ」
躊躇うように目を泳がせていると彼が凛とした声で私に話しかける。
「こっち来いよ、なまえ」