5.それでも愛していたかった

「福富くん、もう行くの?」
「あぁ」

彼は凄く不器用で仏頂面だ。することしたら後始末をしてすぐに行ってしまうような冷たい男だ。いつも何処に行くの?彼女いるんだったら会うのやめるよ?なんて聞いたこともあった。すると彼はいつもの仏頂面で自転車に乗りに行くと言う。どこにそんな元気が残ってるんだろうと不思議に思った。私と彼の家は少し距離があるから自転車の練習には丁度いいらしい。彼が私の家を訪れるのもきっと練習ついでなのだろう。

「気をつけて、帰ってね」

声が震えた。上手く笑えない。それどころか涙まで流れ出す始末だ。不意に寂しいと思ったのだ。ただのセフレの癖に生意気な考えだとは分かってる。それでも彼の腕に抱かれて眠りにつきたいと願ってしまった。彼は珍しく戸惑っているようだった。それもそうか、彼の前で泣くのは初めてだった。

「なまえ」

どうしたらいい、とでも言いたそうな声で彼は私の名前を呼ぶ。抱きしめて、と小さく呟くとその通りに私を抱きしめてくれる。私の目からはボロボロと大粒の涙がこぼれ彼のTシャツをじんわりと濡らしていく。

「好きだよ福富くん。すぐ帰っちゃうのやだよ。寂しいよ」

子供みたいなワガママが口から溢れ出る。彼はその言葉ひとつひとつに丁寧に頷いて嗚咽をもらす私の背中を優しくたたいて落ち着かせてくれる。きっと泣き止んだら彼は帰るのだろう。もう会ってもくれないかもな。そう思うとまた悲しくなった。でもこれ以上福富くんに迷惑はかけられなくて涙を堪えた。

「なまえ、すまない。またすぐに会いに来よう。だから待っててはくれないか?」


(それでも愛していたかった)
(彼がどんなに自転車を優先していても)
(いつか振り向いてもらえる日まで)
(でももう、ダメなのかもしれない)

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テーマ「人外ファンタジー」
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