「………」

毎日の日課である校内見回りに鬼嶋を引き連れ、一段落した後に風紀委員室へと戻ってきた黒井は――常と変らない調子のまま扉を開けたその先に見えた光景に、思わず閉口した。
カシャ、カシャと聞き慣れない音が部屋に響く。黒井自身は電話とメールという基本的な操作にしか使った事が無いが、携帯電話の機能で写真を撮れるという事だけは知っている。その、音だ。
何とも言い難い気持ちになりながらもとりあえずは後ろで往生している鬼嶋を部屋の中に入れ、黒井は音をたてないようにゆっくり、扉を閉めた。
それから、先ほどの音を連発している相手――一つ下の後輩である風間に向かい、溜め息交じりで口を開く。


「…風間。何をしている」


カシャ、再びボタンを押した風間は黒井に問われ、体はそのままに顔だけをこちら側に向けた。二人の姿を認めると人差し指を口元の前に持ってきつつ、ニィ、と小さく笑う。

「静かにして下さいよォ、珍しートコなんスから。いやーこれは売れる売れる」
「…お前のそのシャッター音の方がよっぽど煩いと思うがな…。こいつは何故ここで寝ている?」

呆れたように呟きながら自身の席へと戻る途中、風間がしゃがみこんでいる前に設置されているソファへちらりと目線を移す。
そこには――この学園の生徒会長である、御堂島恭夜が、それはそれは気持ちよさそうに寝こけていた。スー、と微かな寝息が規則的に聞こえてくるのを目を細めて見詰め、何か用事があったんじゃないのかと一人言の様に呟く。

「委員長に見てもらう書類持って来たって言ってましたよォ。すぐ帰ってくると思うんでまぁ座って待ってて下さい、っつって放っといたら寝てました。疲れてたんでしょーねェ」
「そうか…。まぁ、確かにこのソファは眠くなるな。とりあえず寝かせておけ、起こすのも気が引ける」
「……俺の…席……」
「鬼嶋は隣にでも座っていろ、スペースはあるだろう?起こすなよ」

黒井の言葉に不本意げな顔をしながらも、鬼嶋は彼にしては最大級の丁寧さで恭夜の隣に腰かけた。その動きでソファが幾らか沈み、恭夜の頭がずる、と背もたれから少しずり落ちる。それでも未だに起きる気配は殆ど無く、本当に疲れていたのだろうと黒井はまた呆れたように息をついた。
隣に鬼嶋が座っても未だ、風間は親衛隊連中に売り付けようとしているのか恭夜の寝顔を連写し続けている。バレたら奴の携帯はあっという間にお陀仏になるだろう。そうなってもただの自業自得であるのだが…そして恐らく、彼はそんなへまはしないのだろうが。
と言ってもやはり風紀委員長としてこれ以上を見逃すわけにもいかず、黒井は席に着きながら口を開いた。

「そこら辺にしておけ、風間。頼んだ仕事は終えたのか?見せてみろ」
「へーへー、後一枚…っと。いやァ、大量大量。寝顔なんてレアすぎて幾らで売れるか分かんねぇなァー…あ、仕事はそっちのパソコンに送っといたんで」
「いつか肖像権で訴えられるぞ」
「バレないようにするんで大丈夫っスよォ」
「それは大丈夫とは言わん」

ケラケラ笑う風間を尻目に、黒井マシーンという異名に恥じないよう仕事にとりかかる。いや、本人は決してこの異名を誇りになど思ってはいないのだが。
何時も通りパソコンからソフトを起動し、本日の打ち込み作業を開始する――が、何だか妙な部屋の空気にいまいち気が入らず、直ぐに手が止まってしまう。黒井は首を傾げた。
部屋には今、黒井に風間と鬼嶋、そして来訪者である恭夜の姿しかない。常と違う気がするのはやはり、ぐーすかと寝ている生徒会長の存在があるからだろう。全く静かなので問題は無い筈なのだが、仕事をやる気分にもなれず黒井は致し方なく一度起動したソフトを終了させ、パソコンの前からゆっくりと立ち上がった。
それに気付いた風間があれ、と目を一つ瞬かせる。


「珍し。休憩ですかァ?」
「…そこの阿呆面のせいで仕事をする気分になれん。溜まっているものも無いし、茶にでもしよう。飲みたいものはあるか?」
「ラッキィーじゃあ俺コーヒー、ブラックで。会長に感謝っスね。つーかこのイケメンを前に阿呆面なんて言えるのも委員長位ですよォ」
「事実だろう。鬼嶋は何かいるか」
「……前生徒会室で飲んだやつ……」
「…紅茶か?あちらと同じ様に淹れられるかは分からんが、やってみよう」


二人の要望を聞いて一つ頷くと、黒井はそのまま滅多に使われることのない給湯室へと入っていた。
その後ろ姿が消えるのを見つつ、何かご機嫌だなァと風間はニヤニヤとした笑みを口元に浮かべて小さく呟く。それに僅かに反応しながら、鬼嶋は自身の隣に座る…と、言うより寝ている恭夜に、ゆっくりと視線を移した。
寝ている間にずるずると下がっていったのか、今では完全に頭を肘置きに凭れ掛けている状態だ。リラックスしすぎである。
ここは何時もならば全て鬼嶋が使っているソファであり、そこにふてぶてしくもと言うか図々しくもというか、とりあえず占領されているこの状況に鬼嶋は居心地が悪そうに足をゆらゆらと揺らしていた。
そんな様子を横眼で見ながら、風間は意地悪げな笑みを口元に浮かべ、口を開く。

「…気に入らねェなら起こしちまえば?この人も暇じゃあねェし、何時までも寝てる訳にゃいかねェんじゃねー?」
「…、…うるせぇ」

風間の言葉にコンマ1秒の間固まり、次いで鬼嶋は不機嫌げに顔を歪ませた。ソファを自由に使えない事は確かに気に入らないのかも知れないが、この状況は別段嫌では無い。そう鬼嶋が感じている事を分かっていながら、彼は敢えてそんな事を言ってくるのだろう。
むっつりと顔を逸らした相手に興味深げに笑い、次の言葉を風間が探してるうちに――お盆にカップを三つと菓子折りを乗せた黒井が、給湯室から「待たせたな、」と口にしながら出てきた。

「風間、また鬼嶋をからかっただろう。いい加減子供みたいな事を止めろ。コーヒーだ」
「別にからかっちゃいませんよォ、そわそわしてるんでアドバイスしてあげただけでしょ。ドーモ」
「うぜぇ…」
「短気は損気だ、鬼嶋。お前の」
「……」

チ、と軽く舌打ちをしつつも黒井から紅茶を受け取り、ズズーと飲みだした鬼嶋を見ながら黒井自身も自分用に入れたコーヒーにミルクを手際よく入れ、もう一つの椅子に腰かけた。
一口啜ってから軽く息を吐き、顔をゆっくりと上げる。そうして未だ気持ちよさげに寝る我らが生徒会長の姿を視界に入れると――存外幼いものだなと、小さく呟いた。

「会長っスか?眉間の皺無くなりますからねェ、あの人結構顔しかめてる割合の方が高いんで。胃潰瘍になりそー」
「それもあるだろうな。いつもこう大人しければ良いものを…鬼嶋はどう思う?」
「…起きてると説教される…」
「そうだな。口を開けばやかましいな、こいつは」
「言いたい放題っスねイインチョー」

悪口には敏感な地獄耳なのか、ハハハと空笑いをする風間の斜め横では恭夜がウーンと身を捩っていた。のっそり、身を起こして何やら唸っている。
ようやっと起きるか、と思ったがもぞもぞと動いた後、鬼嶋の肩口に軽く頭がぶつかり停止する。そのまままた、くー…と力を抜いて寝始める恭夜に鬼嶋は一体全体どうしたらいいか分からず、ただただ硬直するのみであった。誰かに寄りかかられた事など今の今まで一度もない。

「…鬼嶋…そんなに身を固くせずとも、ちょっとやそっと動いたくらいじゃそいつは起きんぞ」
「………潰しそうだ」
「ブハッ、ハハハッ遥ちゃんが会長の心配!超レア!!」
「あァ…!?テメェ、名前呼ぶんじゃ――、」
「う、……、…んー……」

風間に向かって怒鳴りかけた瞬間、再び恭夜が身じろぎをした。瞬間、口を開けたまま再び鬼嶋が固まる。黒井がシー、と人差し指を立てつつ静かに言うと、後輩2人はしばしの間の後ゆっくりと頷いた。
起こした方が良いんじゃ、と風間は思わないでもなかったが、彼の様子を見ているとやはり、起こすのは忍びない。



「…気持ちよく寝ているなら、それで良い」


ふ、と僅かに口元をゆるめながらそう言ってコーヒーに口を付ける黒井に、そうッスねェと適当に返しながら風間は、未だ動けず停止している鬼嶋の姿を見ながら小さく、笑った。





(…ま、春だしなァ…)





――流石の生徒会長様も、眠くなるのは仕方がない季節なのだ。




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twitterにて頂いたリク『寝てる会長を囲んでの風紀3人の談話』
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