―――次の日。
ダルい身体と重たい足を引き摺りながら、俺は昨日奴が言っていた通りに、食堂へと向かっていた。だがしかし、断じて良平の言う事に従った訳じゃあない。

転校生を迎えに行かせた副会長の掛橋が、頬を腫らせて帰ってきたのが、事の始まりだった。
殴られたのがまるわかりの顔を押さえながら、それでもニコニコと「面白い子に会いましたよ」と言ってのけた掛橋。言っとる場合か。お前の親衛隊が見たら卒倒しそうな程腫れてンぞ、マジで。と俺が思った事はさて置いておいて、何やら転校生に惚れた様子の副会長に、他の役員が多大なる興味を持って。
どんな奴なのか会いたい、と騒ぎ立てる馬鹿共を何とか昼まで待てと落ち着かせ、今現在に至る訳だ。ルンルンと期待でいっぱいですという顔で前を歩く役員らが恨めしい。畜生、あの変態のせいで腰が痛いってのに。
思わず深い溜め息をついたら、周りで悲鳴が上がった。次いで全力で空気を吸い込もうとスハスハしているのが聞こえてきて、気分が悪くなった。

…変態ばっかか、この学園は。







食堂につき、扉を開けて部屋に入った瞬間―――割れる様な歓声が、耳に飛び込んでくる。それに思わず顔をしかめれば、隣にいた会計に「会長こわぁい」なんておどけられたが。うるせぇもんはうるせぇ。

さっさと帰りたい、と思いながら先頭に立つ副会長の掛橋を見やれば、キョロキョロと辺りを見回す様な仕草をした後、ぱっと顔を輝かせた。途端、悲鳴が一段と酷くなる。あーうぜぇ。あーうるせぇ。
掛橋が小走りで向かっていったのは、中央付近にある机だった。首を伸ばしてそこを見てみると、…おぉ。居た。転校生。と、一匹狼で有名な郷田に、スポーツ特待生の笹山。何故こいつらがセット。


「翔護!」
「……ぁ?…あー、ふくかいちょーサン。朝ぶり」
「嫌ですね、名前で呼んでくださいと言ったでしょう?」


近付いて行くと親しげに話をしているのが聞こえてきた。ニコニコと笑顔全開で話す掛橋、珍しい。反対に転校生はどことなく面倒くさげな顔をしているが。いや髪の毛で表情とかよく分かんねぇけど、多分。
少し視線をずらせば、一匹狼と爽やかスポーツマンが俺達に向かってガンを飛ばしているのに気が付いた。
…ああん?まさかこいつらも惚れてンのか?どんだけだよ、この転校生。


「君が転校生ー?」
「髪の毛ボサボサー」
「…は?…あぁ…見苦しくてすいませんね、嫌ならどっか行ってください」
「何それ冷たい」
「ヒドイねーハル」
「ヒドイねーナツ」


顔を見合わせながらもケラケラと笑いながら言う双子の補佐に、転校生は若干呆れた様な目線を向ける。うん、正しい反応だ。

「双子っスか。似てますね」
「うんそう、僕が兄のハルだよ」
「僕が弟のナツ」
「「どっちがどっちか分かる?」」
「右がハル先輩で左がナツ先輩」

………。
…………何だ、と………!?
簡単だとでも言うようにあっさりと言い放った転校生に、思わず呆気にとられる。恐らく答えられはしないだろうと思いながら質問をしただろう双子も同じく、彼の答えにぱちぱちと瞳を瞬かせていた。
だってマジで、マジで似てんだぞこの双子は。ドッペルゲンガー並みだ。それを初対面でそんな、普通答えられねぇだろう。

当ててもらった双子はテンションが上がったらしく、すごーい!!と言いながら彼に飛び付いていた。簡単だなお前ら。でも周りの転校生を見る目が刺々しくなってきたから止めやがれ。
と、止める前に会計と書記も興味を持ったのかのそのそと近付いていって、最早この場は収拾がつかなくなった。端から眺めるだけの俺、偉い。いや居るだけで駄目だってのは分かってンだけどよ。
とか何とか現実逃避で頭の中で独り言を重ねている内に、片言で何時も無表情な書記が転校生の言葉にほわほわと嬉しそうに笑うのが見えた。その途端また、あちらこちらで悲鳴が沸く。…書記もなつかせたのか…こりゃタラシの会計も時間の問題だな。と思った瞬間に転校生は抱き着かれてたが。あー予想通り、お前等ちったぁ考えて行動をしろよ!

騒がしくなる食堂、転校生への罵倒が沸き上がる。突き刺さる彼への冷たい目線が、傍で見ているだけで不愉快だった。
おい、何の嫌がらせなんだ、これは。ダルい身体が更に重みを増した様な気分になり、顔を歪ませた時―――転校生と、目が合った、気がした。



「……アンタ、」
「は、…ぁ?」



会長にアンタって、と金切り声で誰かが叫んだ。俺の台詞を先取りするな。
じっと、黒ぶち眼鏡の向こう側から転校生は見詰めてくる。何だか目が反らせずに見返していれば、不意に彼はこてん、と小さく首を傾げた。


「…誰だか知らねぇけど、具合悪いんじゃないんスか?顔色悪いですよ、早く帰ったら?」
「…ぇ…ぁ、……そ…そうか…?」
「ん」


こくりと頷いて、彼は再び取り囲む奴等を無視しながら食事を始めた。それを俺は、瞳を瞬かせながら見詰める。

もじゃもじゃのくせに。顔の半分、見えねぇくせに。…何だこいつ…ちょっとカッコイイ。
誰も俺の体調なんか気にしてくれなかったのに、むしろ「会長今日は一段とアンニュイな雰囲気で素敵…」なんて呟いているすっとこどっこいばっかだったのに、こいつは違う。
他人に本当の優しさで気遣われる、なんて事が久しぶりすぎて俺は、完全にテンパっていた。って言うか不覚にもときめいていた。



―――あぁ、だから。
気付かなかった。あの糞野郎が、すぐ横で全てを、見ていたのを。




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