ぬくい。

自分の家には無い炬燵の中に両手両足を突っ込みながら、テレビに映るキャスターが大きな鐘と人混みを背に真っ白な息を吐き出しつつ、少し興奮気味にその様子を実況しているのを眺める。
真夜中、しかもこんな真冬に良くもまぁ外で年越しを待てるもんだと感心する。そんなバイタリティは俺には無い。寒くて死んでしまう気持ちを味わうよりはぬくい炬燵の中で蜜柑食ってる方がよっぽど幸せだ。怠け者だと、好きに言え。

机に頭を預けながらテレビをぼんやり見続けていれば、不意に後ろから床を擦る音が聞こえてきた。次いで振り向く前に、耳に飛び込む幼なじみの声。


「うい、年越し蕎麦お待ち。ってだらけてんな恭夜」
「うっせー大晦日だ良いだろ」

トン、と目の前にホカホカ湯気のたったお碗を置かれて、その美味しそうな匂いに思わずゆっくりと顔を上げる。
毎年大晦日はこうして、南の家に炬燵と年越し蕎麦を求めて転がり込んでいる我が家である。鹿川家母特製の年越し蕎麦に勝るものはない。
反対側から炬燵に潜り込んだ南に母さん達は、と聞くと大人組はどうやら飲み会に突入したらしく、皆良い感じに酔っているらしい。明日二日酔いとか言うなよ。

「ほい、箸」
「あぁサンキュ。…やっぱ年越し蕎麦は最強だな…旨そう…」
「ははっ恭夜は蕎麦好きだもんな。うし、頂きますっと」
「頂きます」

二人で手を合わせて、それから無言で一口啜る。…旨いな…出汁が良い味出してる。蕎麦の種類も流石鹿川家と言うべきか、かなり高いヤツだろう。食感と喉ごしが堪らない。蕎麦と出汁、たったそれだけなのにこんなに旨いってどういう事だ。幸せだ。もうダントツで大晦日の楽しみだな、年越し蕎麦。
なんて事を考えながらじんわりと胸に広がる様なあったかさを堪能していたら。

「…っふ、」
「?…何だよ」

いきなり南が、くつくつと可笑しげに喉を鳴らして笑った。顔を上げて首を捻れば、目を細めて微かに笑む。


「毎年毎年、幸せそうに食うなって。お前がそうやって食べんの見るのが、俺の大晦日の楽しみ」
「………馬鹿か」


にっこり笑いながらこっ恥ずかしい事を言われ、軽く返す筈だった罵倒の声が思わず上擦った。畜生、そんな事を思われていたのか…気が付かず蕎麦に夢中だった俺が何だかがめつい奴みたいじゃねぇか。
照れた?だのと若干嬉々とした様子で聞いてくる奴を無視して、テレビの方に目線を戻す。後五分で、新年。

「…色々あったな…」
「ん?…あぁ、今年な。まぁそりゃ、365日もあれば色々あるさ」
「…そうだな、365日。殆どお前と、一緒にいたな」
「確かに。飽きたか?」
「飽きてたらとっくのとうに飽きてる」

目を合わさずにそう言えば、南の楽しげに笑った声が聞こえた。ちらりと横目で彼を覗くと、直ぐに視線がかち合う。くそ、見てんじゃねぇよ金とるぞ。
キャスターが『後3分で新年を迎えようとしています!』とテレビの向こうで叫んでいるのが聞こえる。どうせ新年に入ったところで今年と同じ様に過ぎていくに違いない。日々の色は違えど、歩むのは俺自身である事に変わりはないんだから。


「なぁ恭夜、飽きてないなら来年も一緒に居て良いか?」
「引き摺んのかそれ。一緒に居ろ、俺の幼なじみだろ」
「よっしゃ。じゃあ初詣行こうぜ」
「毎年行ってんだろうが」


呆れた様に言ったら南はにこにこ笑いながらもそうだな、と頷いた。何がそんなに嬉しいんだこいつは。

と、そんなやり取りをしていた中、不意にブブブ、と俺と南の携帯が同時に震えた。何だいきなり。
顔を見合わせてから首を捻りつつ、自身の携帯を気だるげに掴んで中を確認する。新着メールが、一件。差出人は。

「…紫雲だな」
「『明けましておめでとう、眠いのでもう寝ます』………ブハッ」

南が吹き出した。
俺も思わず笑いそうになったのを耐える、だって何で今のこのタイミングで寝るんだよ?後一分かそこらで明けるじゃねぇか、メール送るにしても明けてから送れよ馬鹿なのかこいつ!なんて本人に言ったらにっこり笑顔で頭叩かれるだろうが。
それより不味い、南がツボった。机に撃沈してぷるぷる震えてる、これはしばらく元に戻らねぇな…誰か何とかしてくれ。

ってな事を思った瞬間、だった。




『ハッピーニューイヤ―!!!!』




盛大な拍手と、興奮した声。それがテレビからいきなり、聞こえてきた。
は、と思いながら慌ててそちらに目線を向ければ、集まった人々がわあわあと拍手をしたり手を振り回していたりとどんちゃん騒ぎをしている。…新年か、何だこの迎え方。カウントダウン聞こえなかったし、何だかすっきりしない。


「ぁ、あれ?明けたのか、」
「…あぁ、お前が笑ってる間にな。幸先良い始まりじゃねぇか、明けましておめでとう」
「おぉ、明けましておめでとう。今年も一つ宜しく、って事で新年の抱負をどぞ」


何だいきなり。
呆れた様な目線で見てみても南は笑うばかりで、俺は仕方がないから少々肩を竦めて口元を僅かに上げてみせた。




「―――また、頑張るさ」




つまるところはそれ以外には無いわけで、俺の返事を聞いた南はそりゃお前らしいと言って、また笑った。






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明けましておめでとうございます!
皆様の一年が素敵なものになりますように。



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