「ぁちぃ………」

ぽつり、呟いた言葉はむわっとした空気の中に消えて行った。暑いのも寒いのも大嫌いな俺にとって、この真夏と言う季節は地獄に等しい。勿論真冬も大嫌いなんだが。

日陰からジリジリとやたらに照りつけてくる太陽を睨み付けて、思わず盛大な溜め息をつく。完全冷暖房が設置されてある我が学園ではあるが、一歩外に出ちまえばそんなものは関係無い。

暑い。暑いの、一言。



(……まぁ、俺はまだ良い方だけどな)



自然に出てくる汗を片手で拭いながらそう心の中で呟きつつ、前を見やる。
この炎天下の中、いつもは華やかなオーラを纏い皆の憧れの視線をかっさらっている筈の生徒会役員達が―――ダサダサな日除け帽子を被り、軍手をして、草取りに励んでいた。
夏休み前の一件で、俺は萱嶋兄弟と篠山に一週間の校庭草むしりを言い渡した。勿論冗談なんかじゃなく本気だった為に、現在渋々ながらも彼等はそれを言われた通りに行っている訳だ。ちなみに俺は監視役。
あの坊っちゃん共にしては意外に根気よくやっている、と思った瞬間。


「あーもう、かいちょ〜っ、も、ムリムリ本当に!終わんないよ絶対ーっ」
「「うわああん腰痛いよおおお」」
「…うっせぇな、タラタラやってっから終わんねぇんだよ!付き合ってやってるだけ有り難く思え!」


前言撤回。

…やはり泣き言を言い出した彼等に声を張り上げてそう言えば、すかさず見てるだけじゃん!というブーイングの様なツッコミが入った。何で俺が手伝わなきゃなんねぇんだ、馬鹿か。

ぶーたらと文句を言いつつ頬を膨らませながらもまた草むしりを再開し出した彼等に、思わず溜め息をつく。
篠山と萱嶋等は生徒会に残れただけまだマシな方だろう。東條なんか今頃、顔真っ青で震えているに違いない。
何故ならば彼は今日、新しいクラスに新学期からいきなり入るんじゃあ馴染みにくいだろうと南が考慮した結果、クラスの人間とちょっとした交流会的なものを行っているそうだから。南の心配が若干ずれている気がしないでも無い、東條は恐らく奴等と仲良くなりたいとは思ってねぇだろう。

まぁアイツなら大丈夫だろと根拠もなく自己完結をしていた時、ぐったりと死にそうな顔になった篠山と萱嶋兄弟がふらふらしながら此方に近付いてきた。やはりもう、体力の限界な様だ。
無言で冷やしておいたタオルを一人ずつぶつける様に投げていく。他二人は反応したが、海翔だけ顔面直撃した。
倒れ込む様に俺の隣にどでーんと横になる篠山がちかれた〜と盛大な溜め息をつく。一方、顔にタオルを投げ付けられた海翔は恨めしげな顔でこちらを見てきた。

「いたい…会長には優しさがない!」
「は?あんだろ、俺は冷房の利きまくった生徒会室で優雅に茶でも飲んでて良いところをわざわざお前等に付き合ってこの炎天下の中にいてやってんだぞ。感謝しろ讃えろ跪け」

そう結構真面目に言った言葉は三人同時にスルーされた。……良い度胸じゃねぇか、ノルマ一週間追加してやろうかこいつ等。
なんて下らない事を心中で吐く俺に、篠山が思い出した様に口を開いた。


「あ、ところでさぁ、かいちょー。会長は夏休み、どうすんの〜?帰る?」
「あぁ?…そうするつもりだけどよ」


俺の予定を聞いてどうする、と思わないでも無かったがとりあえず返事をすれば、彼はふうんとつまらなさそうに口を尖らせた。

私立宝城学園では夏休みになると、殆どの生徒が帰省して寮からは居なくなる。
が、稀に家庭の事情や気まぐれでこの学園に留まる者もいるようだ。先程の篠山の反応から察するに彼は、残るらしい。俺からしてみればこんなドでかいだけの閉じられた空間に夏休みまで居なきゃいけないと思うとゾッとするけどな。
ちなみに俺と南は明後日に実家に帰る予定だった。…正直あの小うるさい母親に会わなきゃならんのは面倒だ。嫌いじゃないが面倒だ。

「お前は残んのかよ」
「ん〜、帰ってこいって言われたけどねぇー帰っても電気製品の売上がなんちゃらで電池の持続時間がどうたらで退屈。だったら残ろうかなって思ったんだけど、会長もいないのか〜そっか〜」

つまんな〜いなんて言いながら大の字で寝転ぶ篠山。そう言えば昔、自分家の企業に興味が無いだのとぼやいてたな。社長子息ってのも大概大変なんだろう、俺なんか普通に大学に行く事しか考えてねぇ。
と、一瞬奴に同情してしまったが何を思ったのかいきなり「アターック☆」と寝転びながらも、座っていた俺の腰にガシッと抱き付いてきた篠山。
…こいつ本当に言動が意味不明だな…同情した俺の気持ちを返せ。そのまま無言で彼の頭にチョップを喰らわせたが、痛い!と言いながらも離さない。うぜぇ、暑い。

が、何をやっても離そうとしない篠山に面倒になって俺は奴を引き剥がす事を放棄した。
代わりに未だ立ちながら水を飲んでいる萱嶋兄弟に、ゆるりと目線を移す。


「…お前等は?どうすんだ、夏休み」
「「え?帰るよー」」


父親が迎えに来る、と声を合わせて言う彼等にへぇ、とぼやく様な返事をした。歩いて帰れ畜生この金持ち共が、とは思ってるが言わない。とりあえず一緒に帰る南が無駄にタクシーなんて呼んでない事を祈る。

と、そんな風にダラダラと日陰で他愛の無い会話をしていた時。



ダダダダダ、と何かが駆けてくる様な音が聞こえた。物凄い、凄まじい足音だ。
それに思わずギョッとして、一斉に振り返った先に見えたもの。その異様な光景に、俺は唖然としてしまった。








スーツ姿の、男性――40代位だと思う――が、遠くから見ても分かる程に真っ赤な顔で、何事かを叫びながらこちらに、全力疾走で、近付いてきていた。








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