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(おーおー、どいつもこいつも豆鉄砲に打たれた鳩みてェな顔してら)


放心した様にポカン、と口を開けて我らが生徒会長を見上げる生徒達を隅で観察しながら、風間は思わずにやにやと口の端を歪ませて笑った。リコールした人間をまた補佐にするなどと馬鹿げた事を言い出したのだから、呆気にとられるのも仕方の無い事なのだが。
とは言え、生徒会長も中々考える。補佐ならば正式な生徒会役員では無い為に授業免除等の特権が無い。
特別扱いも無く生徒会の仕事を行うのは、翼を見れば分かるがかなり大変な事なのだ。反省もさせてまた仕事もさせるならば、恐らく一番良い方法だろう。


「…ま、裏事情知らねェ奴らからしたら、意味分かんねぇ行動だろうけど」
「風間、隣でニヤニヤするな。風紀委員としての体裁を保て」


ぽつり、独り言を呟いた時、隣からたしなめる様な声が聞こえ風間はちらと目線を上げた。こちらを見ずに前を向き座っている黒井。風紀委員長である彼のそのまた隣には、鬼嶋が腕を組んでうつらうつらと寝かけていた。
本来ならば風間と鬼嶋の二人は自身のクラスが並んでいる所にいなければならないのだが、運の悪い事に二人は名前順で並べば席は前後。集会どころではなくなるので、こうして黒井を挟んで端に座るのが常となっている。

体裁を保てと言われたにも関わらず風間はただ肩を竦めて、だらりと座ったまま口元の笑みは消さなかった。その代わりに、黒井に向かって口を開く。


「黒井先輩は、どう思いますかァ?会長のやり方」
「どうもこうも無い。理由を聞くだけだ、そもそも補佐を選ぶ権利は生徒会長にしか無いのだから、勝手にしても良いとは思うがな」
「なぁる。ま、そうっスよねェ」


淡々とそう言う黒井の言葉は、本心からのものだろう。それに軽く頷きつつ風間は、再び壇上に立つ生徒会長の姿を見やった。
真面目な顔をして生徒達の反応を眺めている彼。ようやくざわざわし出した彼等の中には何故、とでも言うように顔をしかめている者が多い。
そんな中、数秒の間の後、恭夜がゆっくりと話をし始めたのを目を細めて風間は見詰めた。



「…中等部で俺が会長だった時、支えてくれたのは副会長だった東條だ。仕事をしていなかった事をアイツは深く反省しているし、生徒会の仕事にも慣れてはいる。……もう一度東條に、チャンスをやって欲しい。また一緒に、仕事を…やりたいと、思うんだ」



偽りも何も無い、本心からの言葉だった。
頼む、と頭を下げた恭夜に生徒達はざわめき、困惑した様に互いを見やる。反対を唱える者はいないが、賛成だと声をあげる者もいる筈が無い。
そんな会場を幕の端でハラハラと見守る東條が出ていかない様に、篠山がその服の裾を掴んでいた。
ここで彼が出ていっても面倒な事になるからと、事前に恭夜に言われた為見張っている。確かに東條は今にも飛び出さんばかりに、顔が青ざめていた。やっぱり私なんかが補佐に戻るのもおこがましいんですよねそうですよね、とぼそぼそ呟いている彼に思わず苦笑い。そんな心配しないでも良いのに、と篠山はのんきに思った。



(……だって、さぁ)



会長が選んだんだから、ね。

そう思いながら一人口元を緩ませていたその時、不意に―――静まり返っていた会場に、小さな拍手が起こった。パチパチ、やる気の余り感じられないその音に驚いて、皆は一瞬呆気にとられる。
この状態でそんな事が出来る勇者は一体誰だと、思わず恭夜も顔を上げた。誰もかれもが音の根源を見つけようと一斉にそちらへと首を曲げる。


―――そして。

皆、唖然としてしまった。





「…おいィ、ちょっとちょっと。黒井先輩その、隣の奴何してんスか。意味分かって拍手してんのかァそれ」
「知らんな」
「知らんなて。ものすげー注目浴びてんスけど、ちょっと」
「………」



……一人、何も言わずに拍手をしていたのは。
寝惚け眼でかつ何だか不機嫌そうな顔をした、鬼嶋だった。パチパチ、真っ直ぐに恭夜だけを見て、手を叩いている。
彼からすれば『生徒会長』が『壇上』で『話をした』ら拍手をする、と言う方程式が頭に成り立っている為に拍手をしているのに過ぎないのだが、鬼嶋の脳内を理解出来る人間なぞこの世にはいないだろう。
開いた口が塞がらない、と言いたげに皆は鬼嶋を固まって凝視するが、本人はその突き刺さっているだろう視線なぞまるっと無視で拍手をし続けた。とんだ強者である。

そんな光景を、上から見ていた南は爆笑。

「っははっ、マジ、鬼嶋…ッやっべ、アイツちょー面白いな!見ろよ宮村、あのクソ真面目な顔…っぶ、生徒の顔面白い腹いたい死ぬ死ぬ…!」
「鹿川笑いすぎで死ぬよ……でも凄いな、鬼嶋。俺も便乗しよーかな」
「はー…っ、ん?…あぁ」


笑いで涙ぐんでしまった目を擦りながら南は宮村の言葉にその意図を理解して笑い、宮村もいたずらっ子の様に笑い返した。この程度の手伝いをする位なら、良いんじゃないだろうか。
――が、彼等が同時に手を叩こうとする前に、乱暴な拍手がいきなり生徒達の間で起こった。パチパチ、と言うよりは、バンバン。やけくその様な拍手だ。
誰だ、と思いながら下を見やれば、大げさ過ぎる程に大きなモーションで手を叩いていたのは。


「……カズ。ゆうたろー」


宮村がぽつり、呟いた。
そうしてへらり、嬉しげに笑う。優しい友人達が、大好きだった。皆からこれまた驚いた様な視線を浴びながらも二人は、無言で拍手をしていた。
そしてまた、鬼嶋をポカンと見詰めながらも前田と原田が手を叩き出した瞬間、びくりと肩を震わせてわたわたとどうしようかと悩んだ挙句、自分も手を叩き出した立花。何故か隣にいた長谷川と真壁をも巻き込んでいる。

つられて、他の生徒達も手を叩き出した。
何か、そう言う空気?なの?と思い出したら止まらない。小さかった音はやがて会場全体に広がり、盛大な嵐となった。中には頑張れ、等の応援の言葉を言い出す奴らもいて、恭夜は目を白黒させる。
が、何はともあれとりあえずは何とかなったのだろうと、思わず苦笑いの様な笑みを見せた。途端、つんざく様な黄色い悲鳴が再び会場を包んで、その後恭夜は壇上から退散せざるを得なくなったのだが。



―――こうして、無事にとは言わないが―――新しい生徒会は発足し、全校集会は幕を閉じられる事となったのだった。









集会後、わやわやと会場から生徒達が出ていくのを再び上から眺めつつ、南は終わったなぁ、と小さく呟く。それに小さく頷き返しながら、宮村は車椅子を少しだけ動かして壇上に立ちながら東條や萱嶋らと話をしている恭夜を見やった。
涙ぐんでいる東條の背中を呆れた様に叩きつつ、時折ほっとした様な笑みを見せる。そんな彼を見ながら、凄いなあと、思わず呟いた。
色んな難しい事を、色んな人間の事を考えて、解決してくれた。素晴らしい才能を持っている訳では無い。ただ一生懸命に、考えてくれたのだ。

宮村の呟きに、南は格好いいよな、とただ小さく返す。
目を細めて恭夜を見詰めるその姿を見て、宮村は思わず――思わず、聞いてしまった。前から、思っていた事を。




「鹿川って、……好き、だよね」




誰を、とは言わずに、宮村は聞いた。
南と初めて話をしたのはついこの前だが、その時から何となくそう思っていた。
全校生徒が一度は付き合っているだろうと思うが、何もないと必ず二人は言う。俺達はただの親友だと、口を揃えて言う。だから恋愛の情を抱いてはいないのだろうと、そう思っていたがそれは何だか、話をしたら違う気がしたのだ。

南が恭夜を見る視線。
本当に大事な、愛しいものを見る様なその視線に気付いている人間は、他に何人いるだろう。



南は、何も答えなかった。ただ、笑っただけだった。
そんな彼を見て、宮村は理解をする。
きっと彼は、一生その事について何かを言うつもりは無いのだという事。周りにも、そして本人にも。
何も言わずとも、その少しだけ寂しそうな笑顔が、そう語っていた。




沈黙に包まれたそのしばらくの後、南はぽつりと、言う。



「……明日から、夏休みだな」
「ん……そーだね」
「……俺はさ、宮村。恭夜と…夏休み一緒に、どっか行けたら良いなとか。そん位しか、望んでないんだよ」



微かに笑いながらそう言う南に、宮村は緩く瞳を瞬かせた。
そうしてから呟く様に、「そっか、」と一言だけ返す。

宮村は再び、恭夜の方にゆっくりと視線を向けた。帰ろうとしているのか書類を持ちながら、黒井に頭をわしゃわしゃされている。
と、視線に気が付いたのかこちらを見た。南と宮村が目に止まると、笑う。そんな彼に向かって手を軽く振りながら笑い返す南を目の端で捉えながら、宮村は再び、そっか、と小さな声で呟いた。それは何だか寂しいなと、一人思いながらも口を開く。





「……鹿川、」
「んー?」
「明日から、夏休みだね」
「ははっ、そうだな!」





笑う南に、宮村も微かに笑みを浮かべた。





明日から――長い休みが、始まると。






To be continued...





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