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2日なんて期間はそれはもう嵐の様に過ぎ去り、あっという間に前期の最終日、明日からは遂に夏休み―――というところまで来てしまった。
現在、全校集会を始めようとしている真っ最中である。


一般的な体育館よりは大分広いと言えど、全校生徒が目一杯押し込められた会場はがやがやと自分勝手に喋る生徒達の声で溢れていた。中央に生徒達、右端に委員長や生徒会役員、左端に教師という順番で並んでいる。

そんな思わず人がゴミの様だ、と呟きたくなる位の光景を彼等の頭上から眺めていた南は、隣にいる人物が欠伸をしているのに気付いて、そちらに目線を移した。

「宮村。眠いのか?」
「ん?あー、いや、俺いつもこんなんだから、ダイジョーブ。てか俺、こんなとこいていーの?」
「車椅子であそこに座ってたらまぁ、他の生徒にも迷惑だしな。良いだろ」

頷きつつそう返せば彼はそっか、と気の抜けた返事をした後、南と同じように眼下を見下ろした。
彼等が居るのは体育館全体を見渡す事が出来る、高い場所に設置されている柵で囲まれた廊下の様なものの中央。人混みには居られない南が集会などではいつも使っている、特等席である。
そこから恭夜が翼に何かしら指示をしているのを見た南は、始まるなと思いつつ腕を組む。壇上に少し緊張した面持ちで上っていく翼を見ながら、頑張れよと小さな声で呟いた。



「―――静かに、して下さい。これより、全校集会を行います。進行は生徒会補佐、宮下翼が務めます。静かに、…宜しくお願いします」



台本を読みながら若干のぎこちなさがあるものの、静かに壇上でそう言った翼に、生徒達は若干ざわめいた。普段ならば進行は副会長である東條が行うべきなのだから仕方がない。が、翼の諫める様な言葉に彼等は直ぐに押し黙った。
そんな状況の中、ひそひそと話していた生徒たちの声に小さくやっぱり、と呟いている者たちがいるのを、恭夜は舞台の端から眺める。どうやら東條がリコールされるだろうという噂は、広まっているらしい。



が、その後、何時もとは違う雰囲気の中、生徒の表彰や校長のやる気の感じられない挨拶、夏休み中の諸注意などの事項が次々と平穏無事に終えられ、残すところは後一つと言うところまで来た。

ところどころ噛みながらも何とか進行を続けてきた翼は頭を上げ、舞台袖にいる恭夜に視線を移してくる。そんな彼に向かって軽く頷けば、数秒の間の後翼は再び、生徒達に向き直った。


「……次は、生徒会長より連絡事項です。会長、お願いします」


瞬間、黄色いつんざく様な声がそこかしこで上がり、体育館はあっという間に耳を塞ぎたくなる様な騒々しさに包まれた。黄色い声の中に若干の太い声も混ざっているのが常ならば恭夜を不機嫌にさせるが、今はそんな事に構ってはいられない。
軽く後ろを振り向けば東條がそこには立っており、恭夜と目が合うと無言で頷いた。それを確かめると恭夜は書類を持ち、スポットライトの当たる場所へと出ていく。その後ろから東條も静かに、ついてきていた。

恭夜だけでなく東條まで現れた事に会場は一瞬静かになったが、今度は生徒同士の間でひそひそとしたやり取りが行われ、また妙に騒がしくなる。
設置されてあるマイクの前に立つと恭夜はそんな彼らをざっと眺め、次いで小さく息を吐いた後、はっきりとした声で喋り始めた。


「静かにしろ。重大発表がある、知っている奴等もいるかも知れねぇが……現在、副会長である東條玲紀をリコールする話が出ている。必要な委員長・生徒会役員からの署名は既にここにある。今から、全校生徒の賛成、反対を聞きたい。三分の一以上が賛成をすれば、……東條玲紀は、リコールされる事になる」


流れる様に、躊躇なくリコールの話を切り出した恭夜に生徒達は静まった。驚いている、と言うよりは面倒な事になりそうだと考えている人間の方が多いだろう。彼等の表情が、そう語っていた。
そんな彼等を壇上で書類の文字を追いながら、恭夜はつらつらとリコールされる理由に値する東條の職務放棄について抑揚の無い声で話し続ける。生徒達はそれを黙って、聞いていた。

「――以上、これらがリコールの主な理由だ。よく考えて賛成か反対かを決めろ、適当に答えるなよ」

読み終えたところでさっさと書類から目線を離して、そう生徒達に告げる。それぞれのクラス委員には事前に、恭夜が合図をしたら自分達のクラスで反対・賛成の集計をとってこちらに報告する様に言ってある。
彼等がわたわたと動き出すのを無言で見ながら、恭夜は後ろに立つ東條をちらと見やった。目線を伏せるでも、萎縮するでも無く、彼は申し訳無さそうに僅かに眉をひそめながらも、真っ直ぐに前を向いて立っていた。






「……会長、集計終わりました」
「あぁ。サンキュ、翼」

数分後、計算された紙を持って来た翼からそれを受け取り軽く礼を言うと、恭夜は直ぐにそれに目を通す。
―――予想通り。
半数以上の人間が、東條のリコールに賛成をしている。だが、その人数はあらかじめ想定していたよりも多くは無かった。紙の上で踊る数字を眺めながら、恭夜は小さく息をついた。

自分の言葉を待っている、生徒達に顔を向ける。戸惑う事も無くマイクをつけると、それを告げた。




「…過半数の賛成により、可決する。東條玲紀は副会長職から除名される、異論は認めねぇ」




――拍手などは、起こらなかった。
皆一様に黙ったまま、恭夜を見上げている。
そんな中東條は小さな息を吐いた後、静かに腰を曲げて生徒達に礼をした。ゆっくりと元の姿勢に戻ると、そのまま舞台裏に何時もの足取りで戻って行く。

その後ろ姿を数秒間見詰めた後、恭夜は切り替える様に顔を上げた。何だか嫌な空気が漂う会場に向かって、声を発する。


「あー、今後の生徒会についてだが、また新たに投票で決める事はしねぇ。代わりに副会長には、現生徒会補佐である宮下翼に務めて貰う事にした。仕事に関しては彼が適任だと判断した上で、だ」


その恭夜の言葉に、再び会場はざわめきだした。先程よりもずっと緊張した翼が、顔を青くしながらも横で意味も無くペコペコとお辞儀をしている。
Bクラスに所属している人間が生徒会入りと言うのは異例な事だが、見る限りでは生徒達に余り抵抗感は無い様だった。
それもその筈、翼は全校生徒に『あんまり怖くない真面目な不良』として知られ、それに加え顔も良い部類に入るので結構人気が高い。今まで補佐をしていた事もあり、実績もそれなりにあるだろう。現段階で副会長に一番適任なのが彼である事は、誰の目にも明らかだった。若干不満げな顔をしているチワワ達はいるにはいるが、手を出すなどと馬鹿げた事はしない筈だ。

パチパチと遠慮がちな拍手が起こり、翼はほっとした様に息を吐いた。反対を叫ばれたらどうしようかと思っていたのだ。
昨日、委員長達と一緒に話し合った結果。自分が副会長になると聞いた時は心臓が心底縮み上がったが、会長から頼むと言われてしまえば良い返事をするしか無い。

また頑張らねぇと、と一人うんうん頷きつつ心に決めてから、翼はゆっくりと顔を上げた。
恭夜はきっと、翼に関しての事は余り心配していなかっただろう。問題は、次だ。
昨日それを告げられた時、自分でもポカンとしてしまったのだから、生徒達の驚きはそれ以上の筈である。


壇上に立つ恭夜を翼が横目でちらと見やれば、静かにそこで立ちながら前を見据えていた。
――その彼の唇が、ゆっくりと開く。



「…もう一つ。生徒会副会長は宮下翼が務めるが、…もう一つ、決める事がある」



一度そこで言葉を切ってから、恭夜は生徒達の全体を見回した。ちらと目線を上げれば、南と宮村がじっとこちらを見ているのに気付く。遠くて余り良くは見えなかったが、南が小さく頷いたのを見て、恭夜は腹をくくった様に再び生徒達に向き直った。





「……新たな、生徒会補佐に―――俺は、東條玲紀を推薦する」





凛とした声が、体育館に響き渡った。





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