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「………は、」

原田の口から、掠れた声が漏れ出た。
眉間に一層深く皺を刻んで、理解出来ないと言うような顔で宮村を見やる。彼が見据えた人物は紛れもなく、東條だった。宮村の視線を受ける彼も予想外な言葉に、狼狽えている。当たり前だ。
東條を許しに来たと言うのならばまだしも、彼自身が謝罪をしに来る理由など、どこにも無い筈だった。


(だって、お前は、)


―――本当は、関係無かったのに。

その気持ちを、数秒の間の後に斜め後ろに立っていた前田が、言葉にした。


「……何、だよそれ……おかしいだろ、陽介が謝る事なんて一個も無いじゃん…!っお前はただ巻き込まれて、」
「違うよ。…そうじゃない」


はっきりとした声で、宮村が彼の言葉を遮った。その強い口調に前田は思わず口をつぐみ、相手の顔を見詰める。
強い意志のこもった宮村の瞳を見て、恭夜は風間の言葉を思い出した。やはり彼は、他の誰よりも――原田と前田以上に、宮村の事を知っている。彼の考えている事を、分かっているのだ。

いつもゆるゆると笑って、何だか柔な印象を受ける彼にも、確かな誇りとプライドがある。そんな表情を、宮村はしていた。


「…俺は、関係無くないよ。そりゃ最初はメンドーな事に巻き込まれたなーとか思ってたけど、…俺は、あの記事書いたし。結果論って言ったって、あの記事のせいで副会長から味方を奪ったのは事実だ」


淡々とした口調でそこまで言うと、動くのも痛いだろうに宮村は、東條を見て、ゆっくりと頭を下げた。――静かに、続ける。



「…会長助ける為だったけど…俺、アンタの気持ち、考えなかった。…すみません」



後悔は、してないけどね。

そう顔を上げて付け足しつつ、微かに眉尻を下げながら笑う宮村に東條はギュッ、と唇を噛み締めて、足を前に踏み出した。
迷いの見えないその背中を、恭夜はただ無言で見詰める。謝る事は怖いが、彼はもう逃げたりはしないだろう。

宮村の前まで来ると、東條はしばし彼を泣きそうな顔で見た後、躊躇なく足を折り曲げ膝まずいた。宮村が驚いた様に目を一つ瞬かせる。
え、いや、不味いでしょこれやらなんやらどもりながら慌てて恭夜に助けを求めて視線を寄越してきたが、彼はそれに肩を竦めただけだった。東條財閥の息子が膝まずくところなんかレア中のレアだが、彼は今一個人として謝罪をしようとしているに過ぎない。この前の、自分の様に。止める気などは勿論無かった。
目の前で焦る相手の事は構わず、膝まずいたまま東條は頭を垂れる。震える拳を握り締めながらその言葉を、彼は絞り出す様に言った。




「……私の、方こそ…本当に、本当に…申し訳、ありませんでした……ッ」




申し訳ありません、すみません、ごめんなさい。
何度も何度も震える声で謝る東條。そんな彼を宮村はおろおろしながら見詰めて、最終的には困った様に南を見上げた。謝るのは慣れているが、謝られるのには慣れていない。
だが彼も恭夜と同じ様に肩を竦めて、軽く笑っただけだった。宮村にとっては笑い事では無いのだが。

「ちょ、副会長さんその、もー良いから。顔上げて下さいよ、わーこういう雰囲気ムリムリ、俺。生きてたし、治療費払ってくれんでしょ?大丈夫だからさ、ね」
「……っすみませ、…ッ」

ようやっと微かに顔を上げた東條は、くしゃくしゃの顔のままだった。え、俺が泣かせたの?そうなの?と思わず呟く宮村に南は声を上げずに爆笑している。



そんな彼等を横から何を言うでもなくじっと眺めていた恭夜は、視線をずらし原田と前田の方をちらと見やった。途端、目に映る顔を歪めて宮村を見やる二人の表情。
…東條が謝って、宮村が許して。それで済む問題では無い事を、恭夜は元より分かっていた。原田と前田のあの表情の意味も。



暗い、その顔のまま、原田が微かに口を開く。それに気付いた宮村が首を曲げて、彼の顔を見た。



「…お前は、俺達の気持ちは…どうでも、いいんだな」



低く沈んだ声。
宮村がそれに再び眉尻を下げて、何かを言おうと口を開きかけた。が、その前に原田の後ろに立っていた前田がそれを遮る。


「…よ、すけは…ひでぇよ…いつも、いつも…大丈夫大丈夫って、わ…笑ってさ、……お前がそう言う度に、俺等は、…苦しいんだよぉ…!」


ぼろぼろと。
堪えきれなかった彼の、涙が一気に瞳から溢れ出た。
本人が良いと言うのなら、他人は口を出すべきでは無いのかも知れない。
自分達のやっていた事は全て、エゴなのかも知れない。
だがそれでも、黙っている訳にはいかなかった。宮村が自分自身の為に怒らない事が嫌だった。自分達が大事に思う彼を、彼にも大事にして貰いたかった。



(それなのに、また、お前は)



許すんだ。
怒る事も無く、ただ笑って。

『ダイジョーブ』

その言葉を言う彼が嫌いだった。
何が、何が大丈夫なんだ。自己犠牲なんてクソ喰らえだと、何度も吐き捨てた。
他の奴らの事なんかどうでもいい。原田と前田にとって一番大事な事は、宮村が傷付かない事だった。それなのに何故、彼はそれを分かってくれないのか。


「…ぉまえ、は…ッ誰にでも、優しいのに…んで、自分の事は、適当なんだよ……何で俺等の事は、分かってくれないんだよ…!っ…たの、むから、もっと自分を、大事にしろよ…ッ!!」


原田が目を真っ赤にさせて、そう絞り出す様に宮村に向かって叫んだ。言ってから直ぐに目線を伏せて、歯を食いしばる。先刻恭夜から受け取った書類は、その握り締められた手によってぐしゃぐしゃになってしまっていた。
子供の様にしゃくりあげる前田と、何かを耐える様にそこに立ち尽くす原田を長い間見詰めて、宮村は微かに――微かに、笑った。
そうして小さく、静かに違うよと、口を開く。


「…っにが、違うんだよ…っ!」
「…俺は別に、優しくなんかないよ。面倒臭がりだからさ、色々考えんの嫌いなだけ。謝って貰ったし、俺も悪かったし、ちゃんと生きてるし、良いかなって。そんだけだよ。自分の事も結構考えてる気するけど、めんどいのヤだから色々断ってるし」


そう言う事じゃない、頭にきてそう言おうと原田は反射的に顔を上げた。
が、宮村の何だか妙に嬉しそうな表情が目に映ってしまい、言葉が喉に詰まる。
いつもこうだ。原田と前田が彼の為に怒ると、宮村はいつも嬉しそうに笑った。
その表情のまま、彼はゆっくりとした口調で、言った。




「……俺は、優しく無いよ。だけど、カズ。ゆうたろー。二人のその気持ちは、俺にとっての優しさだ」




そう言ってからへらりと笑う宮村に、前田は一層顔をくしゃくしゃに歪めて―――わんわんと、声を上げて泣き始めた。それにつられたのか原田の涙ぐんだ目からも一粒零れ落ちたが、直ぐに手で乱暴に拭う。
馬鹿じゃねぇの、と小さく吐き捨てられた悪態に宮村はまた笑い、使える方の手で車椅子を無理やり彼らの方へと動かした。南が手伝おうと手を伸ばしたのを目だけで制し、そのまま一人ゆっくりと、二人の友に近付いて行く。


彼等の前まで来ると、宮村は二人を見上げながらくしゃりと、破顔した。




「心配かけて、ごめんな。ありがと」




―――その、言葉に。
彼等の目から、抑えきれずぶわっと、涙が溢れ出た。

本当は、二人はその言葉が欲しかっただけだった。どんなに東條を反省させようが、リコールしようが、退学にしようが、自分達の気持ちが晴れない事など当の昔に分かっていた。
大バカ野郎、畜生、おたんこなす、このハゲ、宮村が少し落ち込むまで思い付く限りの罵倒を口にしながらも二人は、今まで溜め込んでいたもの全てを吐き出す様に、泣いたのだった。












「ってー事で会長、副会長の処罰はそんな重くなくて良いですよっていう旨を言いに来たんだけど………」
「それは却下だ」


思う存分泣いた二人が真っ赤に腫れた目をハンカチで隠しながら鼻を啜っていた頃、宮村がそう言い出したのを恭夜は真っ向から切り捨てた。
皆が和解出来た事は実に喜ばしい。上出来だ。が、けじめはつけねばならないのだ。
それに宮村はさいですか、とひきつり半笑いで諦めたように言った後、東條をちらと見つつ言葉を続ける。



「…じゃあ、会長は…東條さんの処罰どうしようって、考えてんの?」
「あぁ…まぁ、リコールは当然だな。それと理事長通さなきゃなんねぇが、クラス落ちだ」
「え。何クラス?」



宮村の疑問に、部屋中の目と言う目が自身に集まるのを感じながら、恭夜は今晩の夕食はカレーです、とでも言うようにあっさりと、言い放った。





「Fに決まってるだろ」







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