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生徒会室に並ぶ顔。
副会長、会計、書記、補佐。あの日、自分達の間にヒビが入ってから、実はまだ3ヶ月程しか経っていない。だがここまで来るのに、本当に長い時間を掛けた気がした。
ようやっと揃った生徒会役員達には、今までの流れの殆どの事を話し終えたところ。
正直東條を受け入れられないと言う奴もいるかも知れない、と思ったが、役員はそれぞれ思うところがあるだろうに、あっさりと首を縦に振った。
翼だけは、少し渋い顔をしていたが。


後は、この二人の来客との話し合い。


椅子に腰掛けつつ手を軽く組みながら恭夜は、目の前に立つ二人組に視線を向けた。
睨み付ける様に恭夜を真っ直ぐに見据える原田と、真剣な表情でそこに立つ前田。署名を求めに来ただけだろうに、その気迫はまるでこれから戦争でも起こすかの勢いだ。
宮村が起きた事を、既に恭夜も、原田達も知っている。翼から連絡を受けた時は本当に良かったと、安堵からの溜め息を盛大についたものだ。東條もうっかり涙ぐんでいたのを恭夜は目撃してしまった。
…だがこの問題に、その事はさして大きな意味を持ちはしないだろうという予想はあった。現に彼等は今、ここに来ている。

いつ本題を口に出すのか、と思いつつも彼等が喋り始めるのを待つ。
ふと気になってちらと斜め後ろに立つ役員達―――その中の東條を、恭夜は盗み見た。若干顔色が悪い様に見えるが恐らく緊張しているのだろう。全く神経が細い奴である。


心の中で呆れから溜め息をついた後、恭夜は再び目線を原田達に戻した。

と、その時。



「……署名を、集めに来た。俺達は副会長東條玲紀を、リコールする」



静かに、だがどことなく堅い口調で、原田がそう言った。喋る事は彼に任せているのか、前田はただ神妙な顔つきで頷く。
東條の肩が僅かに揺れたのを目の端で捉え、恭夜は目の前の二人を無言で見つめた。そうして軽く首を縦に振りながら、書類は、と短く切り返す。
その言葉に持っていた薄いファイルから一枚の紙をするりと取り出し、原田は再び前を向いた。


「これだ。…委員長達は、全員賛同した。後はアンタ等だけだ」


まさか署名しない訳は無いだろうと、鋭く眼光を光らせながらが原田は生徒会役員を睨み付ける様に見た。
その口から東條の今までの失敗や怠慢が次々と話される。嬉々としてでは無く、眉間に皺を寄せながら話す原田の顔を見て、恭夜はそっと息をついた。



「―――…これが、東條玲紀をリコールするに値すると考えた根拠だ。だから、」
「話は分かった。俺は、署名しよう」



パサリ、紙を恭夜の前に構えられた机の上に原田が置いたと同時に、恭夜は静かにそう言った。原田と前田の、若干の驚きの色が混じった瞳が軽く見開かれる。
まさかこんなにあっさりと相手が署名するとは思わなかったのだろう。

机の上に置いてあった紙を引き寄せ、恭夜は自慢の万年筆を手に取り、自身の名前をさらさらと書き込んだ。何の躊躇も無く判子を引き出しから取り出し、ぽん、とそのまま紙の上に押し付ける。…それで、終わり。
それから恭夜は東條以外の役員達を見上げて、その紙を軽く差し出した。彼等は彼等で、決めるべきなのだ。

「お前等は、お前等で考えろ。署名するべきだと思うのならしろ、しなくても良い。別に責めたりはしねぇ」

数秒の間の後、篠山が一番最初にゆっくりと頷き、紙を受け取った。
自身の机に戻り、恭夜と同じ様にして作業を終える。続いて双子の弟、海翔も篠山からそれを受け取り、同じく署名をした。……ただ、空翔だけは目線を伏せ、僕はその権利が無いから、と小さな声で拒絶をしたが。
そんな彼に頷き、恭夜は海翔から紙を受け取った。生徒会役員からは半数以上の署名があれば良い。後は全校生徒の3分の1の同意があれば、リコールは可決される事になる。

「…これで、良いだろう。全校集会時に生徒達の意見を聞く。その前に今後の生徒会をどうするか、委員長達と話し合わなきゃならねぇが…明日しかねぇな、時間的に。それで、良いか」

そう言いながら立ち尽くす原田にその紙を差し出せば、彼は数秒間黙って恭夜を見詰めた後、微かに「あぁ、」と呟きながらそれを受け取った。
余り吹っ切れていない――そんな表情に、恭夜は静かに目を細める。そうしておもむろに首を動かし、今までずっと黙って立っていた東條の方を、振り向いた。


「東條。………こいつらに言うべき事が、あるんじゃねぇのか」
「…、……えぇ」


恭夜の静かな声に堅い顔つきのまま東條は小さく頷き、足を一歩前に踏み出した。顔を歪める原田と前田を見詰めた後、ゆっくりと腰を折る。

その握られた拳は微かに震え、声も掠れていたが、東條は静かに彼等に向けて、言った。




「…貴方方の…友人に、本当に酷い事を、して……申し訳、ありませんでした…っ」
「………」




前田が無意識に唇を噛み締めた。
原田は頭を下げる相手を無言で見詰めて、静かに顔を背ける。苦しげに刻まれた眉間の皺に、恭夜は何ともやりきれない気持ちになった。


「…今更謝っても、アンタのやった事は変わらねぇ。俺は、…許さないからな…!」


吐き出す様に告げられたそれ。

東條は折り曲げていた腰をぎこちなく戻して、彼の言葉にはい、と消え入りそうな返事をした。謝罪をしても変わらない事はある。それが東條の、犯した罪だった。


そんな彼等を眺め、恭夜は一つゆっくりと瞬きをした。
最早議論の余地は無いらしい。それは仕方が無い事だ。そう考えながら、重苦しい雰囲気の中口を開く。



が。





…ガチャリ、





不意に生徒会室の扉が開かれる音が静かな室内に響き、何だと思いながら皆一様にそちらの方を向く。
そこに居た人物に、恭夜は一瞬驚いた様な顔をして――やっぱり来たかと、思わず眉尻を下げてしまった。


車椅子を南に押して貰いながら部屋の中に入ってきたのは、宮村だった。



「……南。怪我人だぞ、こんな所に連れてきて平気なのかよ」
「悪ぃ、でも宮村君がどーしても、って言うからさ。検査は終わって大丈夫そう、って事だから勘弁しろ」



苦笑いしながら車椅子を止めて、南は宮村にここで良いかと目線で問う。それに礼を言いながら宮村は包帯を腕に巻き首から吊るしたその姿のまま、まだ何か言いたげな恭夜に眉尻を下げて笑った。

「会長さん、俺は平気だから…あんがと。それより言いたい事があって、」
「…また、『気にしてない』とでも、言いに来たのかよ…陽介」

低い声が、宮村の言葉を遮った。
一度瞳を瞬かせて、宮村はその声のした方を向く。酷く顔を歪ませながらそこに立つ原田を見た後、その後ろで複雑そうな顔をしている前田を見やる。
うぅん、と唸る様な声を発した後、宮村は彼らに向かって違うよと、一言静かに告げた。それに眉をひそめた原田を気にする事なく、宮村はただ一人に向き直る。


見詰める先には、東條の姿。
戸惑う様な彼の目を真っ直ぐに見ながら、宮村は少しだけ眉を下げながら、言った。




「………謝りに、来たんだ」






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