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「………」

何やら、騒がしい。

眉を顰めて保健室の白い扉の前に立ちながら、風間は制服のポケットに無造作に突っ込んでいた手を引き抜いた。何だか面倒くさそうな気配がするが、致し方ない。

ガラリ、何の挨拶も無く扉を横に滑らして中を覗くと、二人の見覚えある生徒が寝ている宮村の横で、話をしていた。


「…だからこう、最初は確かに難しいけどさ、徐々に慣れていくって。俺もそうだったし…ほら、挨拶してみ」
「ぅ……ウッスおはよーございますっス!」
「違ぇ!だからその『っス』ってヤツと敬語を一緒に使うな、今のはおはようございますだけで良いんだよ!」
「…成る程、分かんない!!」
「学年首席のくせに何でこれが分かんねぇんだ!」

「……何やってんだァ、アンタ等」


至極呆れた様な風間の声に、騒いでいた二人が二人共にギクリと肩を震わせた。
同時に恐る恐る、と言った様にこちらに顔を向け、一人は心底嫌そうに、一人はひどく怯えた様な顔をする。
怯えるのは良いけど嫌そうにすんのは地味に傷付くねェ、なんて心の中で呟きつつ、風間はそんな二人―――翼と立花を気にする事なく、ツカツカとベッドまで歩いて、彼等と向き合う様な形に置いてある椅子によっこらと腰掛けた。

「…何でテメェが来やがる、風間」
「そりゃこっちの台詞だねェ。そこの転校生はともかく、何でワンコちゃんがここにいんだァ?関係ねェだろ」
「あ!?関係なくねぇよ、俺は会長に様子見ててくれって頼まれ…何でお前にんな事教えなきゃなんねぇんだ!」

噛み付く勢いで睨み付けてくる翼の視線を肩を竦めつつ飄々とかわし、風間は立花に視線を移した。縮こまりながらもそわそわとこちらを見てくるその姿に鼻を鳴らしかけ、止める。
その代わりに再び翼に向き直り、常のニヤニヤした笑みを浮かべて言った。

「意外だなァ、ワンコちゃんがこいつと喋るなんてよ。すっげェ嫌ってると思ってたけどォ?」
「あぁ…?…別に、話をしたのは今日が初めてだ。敬語使えねぇって言うから仕方なく教えてるだけだし。お前の胡散臭ぇ敬語でも良いから教えてやれよ」
「は、じょォーだん。誰がそんな面倒事。っつーか敬語喋れねェとか、遥ちゃん並に馬鹿だなァ、お前」
「うっ、だ、だって…イギリスは敬語とかあんま、無いし……」

罰が悪そうにそう言う立花にふぅんとさして気にも留めずに返事をして、風間は視線を宮村にずらした。
つい先日指先が動いてから、余り変化は無いらしい。アンタが寝てると暇ですよ、なんて事を心中でぼやきつつ、静かに目を細める。
急に黙ってしまった風間に、翼と立花は首を傾げながら顔を見合わせた。いつもならペラペラと喋らんでも良い事まで喋るおしゃべり野郎が静かだと、何だか調子が狂うと言うものである。翼に至っては気持ち悪いものを見てしまった、と若干引いている。
しばらくの無言の後、立花がモゴモゴと口を動かしつつ、勇気を出して風間を見た。


「…な、なぁ…お前さ、陽介と友達、なのか?同じクラスだよな?」
「………はァ。別に友達なんかじゃねェけど、それが何か」
「えっ、い、いや、どういう関係、なのかなと…ご、ゴメンナサイ」


あえなく当たって砕けた立花につまらなさそうな目線を向けた後、風間はアンタは、と何となしに口を開いた。

「この人がなーんで倒れてんのか、知ってんのかァ?」
「え?ぇ、えっと……理由は、よく、分かんないけど…え、また、…俺の、せいなのか?」
「…当たってるっちゃ当たってるし当たってないと言っちゃ当たってねェなァ。ま、そう思える様になっただけ進歩と考えてやらァ。相変わらずオツムは少々足りねェみたいだけど」
「えぇ、どういう意味だ、それ」

頭の上に大きなハテナマークを浮かべつつ翼にどーいう意味、と再び聞いている立花は翼に任せ、風間はゆっくりと首を動かした。宮村の表情を眺めつつ、煙草吸いてェなァなんて不謹慎な事を考えた、時。


風間の目が、見開かれた。




「、…っ」
「ん?」




ガタン、不意に風間が立ち上がり彼の椅子が音をたてた事に驚いて、翼は瞳を軽く瞬かせた。
どうした、と思わず聞くが相手は驚いた顔のまま、寝ている宮村を固唾を飲んで見詰めている。

まさか―――そう思いながらも、翼も目線を宮村へと移した。ただならぬ二人の様子に何が何だか分かっていなかった立花も、少々戸惑いつつ風間と翼と同じ様にそちらを見やる。



……その、時。






「……っ、………ぅ……」


「………よ、…すけ?」






ふるり。
寝ていた宮村の、睫毛が揺れた。
少しだけ苦しそうに顔を歪めて、次いで薄く――ゆっくりと、瞳が開く。
さ迷う様な視線が自身に向けられるのを感じて、本当にいつもいつも行動が遅いと、風間は思わず眉間に皺を刻んで、微かに笑った。


―――やっと。

やっと、起きてくれた。





「っよ…陽介ェェェ!!!起きた!?起きたのか!?よ、良かっ…ッ記憶ソーシツとか、なってねぇよな!?よーずげえええ」
「……ちょっと、うっせェな転校生。もうちっと静かにしろォ」
「おおお落ち着け立花、深呼吸だ深呼吸。かかか会長に連絡しねぇととと」
「…アンタも落ち着け」


起きたばかりの宮村に飛び付かんばかりの勢いで騒ぐ立花と、携帯を握り締めながら語尾が大変な事になっている翼を呆れた様に見ながら、風間は目線を再び宮村に移した。


ぼんやりと宙を眺めるその瞳が、立花を捉える。
くしゃくしゃに歪められた、今にも泣きそうなその顔に、彼は一度緩く瞬きをすると―――。




「……きおく、そうしつとか…ベタすぎ、じゃね?」




…ふわり。
何時もの様に笑った宮村に、立花は大きく目を見開いて。



目尻に涙を目一杯溜めたまま、破顔した。








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