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「と、言ったが俺は別にお前のやった事全部許すなんて言ってねぇからな。ちゃんと処罰はする、覚悟しとけ」
「……、…分かって、ますよ」


ず、と鼻を啜りながらもこくりと頷いた東條に、恭夜は目を細めて立ち上がった。パンパン、と服についた埃を払いつつ、腹の底から深く、溜め息をつく。

「手間とらせやがって…やっと仕事が出来そうだな、おい。お前これからはキリキリ働けよ、俺は休むからな」
「……私は、リコールされないんですか」

背中越しに聞こえた声。
首を鳴らしながらちらと後ろを見やると、東條は目を伏せながら神妙な顔つきでそこに立っていた。原田と前田の行動を、既に知っているのだろう。
恭夜はしばらく黙った後、軽く息を吐いて東條に向き直った。お前はどうしたいんだと、何も言わず目だけで相手に問う。


「…私は、…許されるなら…また、頑張りたいと思います。けれど、のうのうとあの地位にいる事は出来ません。それは貴方も、同じ考えでしょう」
「……そうだな。お前は責任をとる必要がある。けじめはつけろ、…俺だってちゃんと考えてる」


最後の言葉に、東條は顔を上げた。
恭夜の表情を見れば、聞きたいのかと口端を上げられる。聞きたくない訳が無いと、東條は眉をひそめながらも頷いた。

「仕方ねぇな。耳貸せ、秘密事項だ」
「……はぁ」

くいくいと人差し指を曲げて呼ぶ相手に妙な胡散臭さを感じつつ、東條は言われた通りに近付いた。数秒の間、耳元でぼそぼそとした声で告げられる。
全てを聞き終えた東條は、ゆっくりと腰を上げ――そんな事が出来る訳が無いでしょう、と掠れた声で呟いた。

「決め付けんな、別に無理な事じゃねぇ。お前は大変だろうけどな、そん位する覚悟はあんだろ?」
「…そりゃあ、私はやりますよ。でも反対されるに決まっています」
「やる前から諦めるのは気に入らねぇんだよ。ぶつくさ文句ばっか言ってねぇでさっさと帰んぞ」

そう言って相手の返事も聞かず、恭夜は再び踵を返して歩き始めた。その後ろ姿を眺めながら、戸惑いつつも少し遅れて東條もついていく。


頑なに拒んでいた彼の、たった一言にまた壁を壊された。あの時と、同じ様に。
こんなに彼の一言一言に影響を受けてしまうのは、やはり自分が恭夜を、本当に尊敬していたからなのだと、東條は眉尻を下げながら微かに笑んだ。

もっと早く、気付けていたら。そう思わずにはいられない。

そんな後悔を、もう、しない為にも。
逃げるのは止めよう――そう固く心に誓って、東條は目の前を歩く、今までずっと見詰めていた背中に、小さく感謝の言葉を口にした。






「…東條、」
「……はい?」

歩き始めて数分後。
不意に呼ばれた名に顔を上げれば、後ろを振り返る事なく恭夜はお前をな、と声を発した。

「立花が、心配してたぜ。お前の事大事だって、よ」
「…楓が、そんな事を?」
「あぁ」

何も知らない転校生。彼が来てから、色んな事があった。
そう言えば従姉の美樹に最近電話をしてねぇなと考えつつ、恭夜は小さく息を吐く。どこからどこまで話せば良いものやら。彼女が求めた展開では無い事だけは、何となく分かるのだが。

と、黙ったまま何事かを考えていた東條がおもむろに口を開けて、言った。


「…楓は、穂積に似ているんですよ」
「あ?…そうなのか?」


唐突な言葉に一瞬瞳を瞬かせて、恭夜は呆けた様な声を上げた。
余り覚えてはいないが記憶の中にいる笹川穂積はあんなに煩い奴じゃ無かった様な気がする、と顔をしかめながら考える恭夜の言いたい事が分かったのか、東條は苦笑を浮かべて言葉を続ける。

「性格は似ていませんよ、ただ何と言うか…雰囲気、でしょうか。穂積も楓も、酷く優しいんです。…その優しさに、私はずっと、甘えていただけだったんでしょうね」

遠い場所を見る様な目。
あの日、本当の自分を偽るなと立花から言われた時からずっと、東條はどこかで彼を穂積と重ねて見ていた。
だから、守れなかったあの友人の代わりに、立花を守ろうと必死になった。それは本当は、ただ自分を守ろうとしていただけだったけれど。



「―――それでも立花は、お前の事を友達だと、言うだろうよ」



いつの間にか後ろで歩みを止めていた東條に、恭夜も立ち止まってそう静かに言った。
根拠が無い訳では無い。あの猪突猛進バカは煩いし空気は破壊的に読めないが、友達をまず第一に考える人間だ。
良い意味でも、悪い意味でも、真っ直ぐな奴。
それが今の恭夜の、立花に対する評価だった。敬語を使おうと頑張っているところも小動物の様で、中々良い。



恭夜の言葉を聞いて、東條はそうですね、そう言いながら笑った。
泣きそうな笑顔だったが、泣いてはいなかった。
それを見て恭夜も僅かに口端を上げて頷きつつ、何も言わずにまた廊下を歩き出す。後ろからついてくる東條に、片手だけを上げて言った。


「原田と前田が、明後日位には来る。覚悟と土下座する準備をしとけ、宮村にもな」
「……宮村君は、大丈夫なんですか」
「大丈夫じゃなくてもテメェの財力でも何でも使って大丈夫な状態にしろ、っつーか一生あいつの奴隷になれ」
「どっ……!?」


固まった様な東條の声を背中で聞きながら恭夜は、口元を緩ませながらも再び気を引き締めた。まだ、終わってはいない。
真剣に向き合う必要がある彼等と、今度会う時に何を、どう話そうか――頭の中で考えつつ、恭夜は歩き続けた。





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