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じんじんと左頬が痛む。手を上げられた事など殆ど無くて、東條は唖然とするしか無かった。殴られると言うのはこんなに痛いのか、なんて検討違いな事が頭に浮かぶ。

だがそれよりも、殴られたその事実への驚きの方が、ひどく強かった。



「……な、に…す、」
「ごちゃごちゃうるせぇ。何でいきなり自己完結してんだよ、って言うか今は俺が謝ってんだ。真っ直ぐだか何だか知らねぇが、テメェの話は聞いてねぇ!俺の話を聞け、まずは!」
「…………はぁっ?」

東條は再び唖然とした。
仁王立ちでそう言い放った恭夜に何て無茶苦茶な事を、と思いながらも彼の言う通りに黙ったままではいられず、張られた頬を抑えながら口を開く。


「な、んですかその横暴な態度は!大体言ったでしょう、私は別に謝って欲しい訳じゃ無いんですよ、許して貰うつもりだって無いんですよ!謝罪なんて聞きたく、」
「あぁぁうるせぇ!!何考えてんのか知らねぇしお前も自分がどうしたいのかなんて分かってねぇと思うけどな!俺は今はそういう話がしたいんじゃねぇんだよ!」
「っだったらどんな話がしたいんですか!」

恭夜の剣幕につられ、東條も頭がカッと熱くなってきて語尾が荒くなった。もうどうにでもなれ、と半ばやけくその様に相手を睨み据える。が、それ以上に鋭い目線が自分に突き刺さり、あっという間に怯んだ。


「俺はな、そりゃあ大事な人間は大事だしどうでもいい奴はどうでもいい!人類皆同じ様に見ろって言われたってそりゃ無理だ!何にも知らねぇ奴とずっと一緒に居る人間を同列にするとか、出来る訳がねぇだろそんなのは!」
「〜〜っ分かってますよっ、だから貴方は何も悪くッ」
「だから俺は、謝ってんだ!!!」


「………は、」

またもやよく意味が分からず、東條は目を軽く見開いた。
怒鳴った相手の言葉にそのまま一度瞬きをすると、恭夜は落ち着こうと一回息を小さく吐く。
掠れた声が、零れる様に彼の口から出た。



「…俺は、全員を同じ様に大切には見れねぇ。だから、謝ってる。あの時、お前の大事な人間を――見捨てろと、そういう、言い方をして」



悪かったと、思っている。

眉間に皺を寄せてそう言った後、恭夜は目線を地へと滑らせた。若干の気まずさに襲われ、髪の毛を無造作に掻き上げる。
今日言いたかった事は、これだけ。許して貰わなくても良い、ただ伝えたかった事だった。


ちらりと東條の顔を見やれば、何とも言えずに顔を歪めて、恭夜を見詰めていた。真っ赤になった目にじわりと涙が浮かんでいるのを見て、何で誰も彼も泣くんだと思わず焦りから心の中で罵倒する。


その数秒後、堪えきれなかったのだろう、小さな嗚咽を上げながら東條は俯き、右手を固く握り締めた。

謝って欲しかった訳では無い。
東條は、自分が間違っている事を初めから知っていたのだ。それでも自分の間違いを認めたら全ての罪を負う事になるのは、酷く恐ろしかった。だから誰かに、責任転嫁したかっただけ。
恭夜にお前のせいだと言って、自分の行動を正当化しようとして。『責任』という重い二文字から、何とかして心だけは逃れようとした。
そんな醜い東條に何故、彼は。
純粋に、自分が悪かった事を、認める事が出来るのか。誇り高い彼が頭を下げたその時から、東條の敗けは決まっていた。


―――本当に、どうして。





「…ぁや、まるの…嫌いな、くせに…ど、して、こんな、時だけ……あっさり、謝るんですかっ、貴方は……ッ」
「……謝るの嫌いで悪かったな。俺だって色々考えたんだよ」

溜め息混じりの声。
自分も、間違いを犯した時、すぐに謝っていたら。こんな馬鹿な事をしないでも、すんだだろうか。
どこから間違えたのかも分からない東條はそんな事を考えた自分を泣きながら軽く嘲い、その場に踞る様に座り込む。汚ぇぞ、なんて声が聞こえたが、無視をした。
数秒後、再び溜め息と共にズリリ、と彼も目の前に座った様な音がして、ただぼろぼろと子供の様に涙を溢しながら足の間に顔を埋める東條は、見たら殴りますよ、としゃくりあげながら言う。

「女々しい事言ってんじゃねぇよ、誰が男の泣き顔なんざ好んで見るか。でもまぁ、ご自慢の顔が凄ぇ事になってんだろうな」
「……顔…しか、取り柄がなく、て、すいませんね……」
「はぁ?冗談だろ、顔が良いなんて物凄ぇ得だろうが。贅沢言ってんな」

鼻を鳴らしながらそう言う恭夜に、東條は数秒黙った後、そうですか、と掠れた声で返した。目頭が熱いのを俯きながらも無理やり拭って、深呼吸の様に息を吸う。…いつまでも、泣いてはいられない。
鼻を啜る東條を目を細めて眺め、恭夜は言葉を探す様にゆっくりと、口を開いた。


「……後悔も反省も、してんだろ?東條。俺等がごちゃごちゃ言う前から。認めるのが怖かっただけだろう」
「……、っ…」
「……別に、お前がどうしても退学して、自首してぇって言うなら、そうしても良い。喜ぶ奴もいるかもな。でも俺は、……もしお前が、また頑張るって言うなら、」


一度言葉を切った恭夜に、東條は俯いていた顔を微かに上げた。直ぐに合った目線。真っ直ぐな瞳に射抜かれ、無意識に体が震える。

はっきりとした口調で、恭夜は――そのまま言葉を、紡いだ。





「……俺は、もう一度お前と、やっていきたいと思っている。誰が反対しても、俺はお前が、この学園に必要だと信じている」





淀みのない言葉。偽りでは無く、本心からのものだと直ぐに思えた。
何故、こんな自分の事しか考えない最低な人間に、そんな事が言えるのか。せっかく止まった嗚咽が再び胸の内からせり上がってくるのを感じながら、東條は俯きたくなるのを堪えて、恭夜の顔を見た。
震える唇から、微かにでも、と言葉が洩れる。

「……わた、しは…なにも、出来ま、せ……っ」
「―――中3の時に、俺が生徒会長で、お前が副会長だった時の事を覚えてる。あの時は今の仕事に比べりゃそりゃもう簡単なもんしか無かったが、それでも中3のガキにゃ大変だった。……俺が、1年間会長やっていられたのは、お前のお陰でもある」
「…っ何も、してませんよ……」
「俺はお世辞は言わねぇ。ぐだぐだ言ってねぇで、やるのかやらないのか、さっさと決めやがれ。夜になっちまうだろうが」


乱暴な物言いで、けれどどこか優しさのある目でこちらを見てくる恭夜に、東條は唇を噛み締めた。
許される事をしたとは思わない。償いは必要だ。これからもずっと、東條は自分のした事を背負っていかなければならないだろう。逃げ続けたツケが回ってきたのだ。

それでも。
誰かが――否、彼が、必要としてくれるのならば。








「…が、んば……り、……ます…ッ」








もう一度、前を向く事は、許されるだろうか。






吐き出す様に東條が告げた言葉に恭夜は口端を上げて、やっと全員揃いそうだと静かに笑った。






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