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「一輝ぃ」
「……何だよ」

食堂の席で何かを食べる訳でも無く、ただ向かい合いながら座る二人の姿。
どことなくぎこちない調子で不意に自分の名前を呼んだ友人に片眉を上げてそちらを見やれば、何とも複雑な表情をしていた。


「俺さぁ、ちょっと考えたんだけど」
「……何を」
「うん……その…陽介がさ、起きたら…何て言うかな、あいつ」
「………」


ぽつりと呟く様に言った彼の言葉に、原田は眉をひそめた。無言でコップに少量入っていた水を一口飲んで、目だけで続きを促す。聞きはするが、原田にとってそんな疑問は、最早何の意味も持ちはしなかった。

「陽介さぁ、いつも人間には色んな事情があるからって、全部許す…っつーか認めるじゃん?俺もさ、だからちょっと考えてみたんだよね。そうなのかなって」
「…で?」
「うん…よく分かんなかった。色んな事情あるっつったって、陽介が今あんな目にあってんのは、可笑しいし。……でも、さ…あの人、あん時……」
「……迷ってんなら、止めろよ」

コップをかたり、と机の上に置きながら静かにそう言えば、前田は一瞬の間の後、止めないと小さく首を振った。
前田の気持ちは分からなくもない。宮村の気持ちを考えれば、自分達のしている事はきっと嬉しがられはしないだろう。だがそんな事はもう、理解していた筈だった。
何故今更―――そう少し考えてから、原田は小さく息を吐いた。

きっと前田は、疲れてしまったのだ。

人を憎む事は辛いし、疲れる。どんなに激しい怒りを抱いても、消せない痛みになったとしても、憎み続ける事は難しい。
正直今の状態は原田にとっても気が滅入るものだった。東條玲紀の汚点を端々から見付けて、リコールへの署名を求める日々。その成果はあるが、時々虚しくなる。何をやっているのかと、自問自答をする時もある。


(……それでも、)


「…止める訳には、いかねぇんだよ」

掠れた声が、喉から絞り出された。
その言葉に前田は顔を歪めて、小さく同意の頷きを返す。…そう、止める訳にはいかなかった。何があっても。

ゴミ屑の様に扱われた友人。
原田と前田にとっては、かけがえのない存在。

許しはしない。
幾度となく呟いた言葉を、原田は再び心の中で繰り返した。どんな理由や事情があっても――いや、もし無くても、東條が宮村を傷付けた事実だけは変わりはしない。


「…俺、止めたりしねぇよ。もうちょいだな、委員長の署名。後3人位?」
「―――あぁ」
「会長、署名してくれっかな。あの人結構ラスボスだったりするよなー!」


調子を変えてへらり、そう笑って言う前田の笑顔が無理やり浮かべたものである事に原田は気が付いたが、何も言うことなくゆっくりと頷いて、静かに目線を伏せた。




****





全く、見付からない。

唸り声でも上げそうな位に苦々しい顔をしながら、恭夜は校内を一人ズンズンと歩いていた。勇ましく生徒会室から出てきて、はや一時間である。
授業と言える様な授業は殆ど終わり、本日も生徒達の大半は寮の自室や部活で精を出している。かと言って校舎を歩く者が人っ子一人居ないかと言うとそうでもなく、ちらほらと黄色い声が背中に降りかかってくる訳だが。


(寮の部屋にはいねぇわ教室にもいねぇわ、歩き回っても何処にもいねぇわ…何してんだあいつは)


一人ぶつぶつと愚痴の様なものを呟きつつも、周りを見渡しつつただ早足で歩を進める。もしかしたら外に出ているのかも知れない、と思い寮の管理人に尋ねてみたが、外出届けは出されていなかった。ならば校内にいる筈。
ひょっとして自分はとんでもなく面倒くさい事をしているんじゃないかと今更考えたが、恭夜はいやいやとそれを打ち消した。
やると決めたら、やり抜く。会うと決めたら、会う。何時間かかっても。そう決めて出てきたのだ。


少し疲れ気味だった体に自分で喝を入れつつ、軽く息を吐いて真っ直ぐと前を見やったその時、だった。



「………ん?」



ちらと目の端に映ったもの。
そちらを向けば、顔を赤くしてキャアキャアとこちらを見てくる生徒達の向こう側に、廊下を右に曲がる人間の姿があった。

―――見覚えのある、長髪。



やっと見付けた、そう思った瞬間、恭夜は走り出していた。廊下を突っ切って曲がり角の右に目をやれば、やはり彼の後ろ姿。
数人の生徒達がいたが、構っている余裕などはなかった。小走りで近寄りながら東條、と大きな声を張り上げて呼び止めれば、びくりと肩を震わせ振り返る。



が。




「……っ」
「ぁ、てめ…っ待てこの野郎!」




目が合った瞬間、彼は逃げ出した。それはもう全力で。
見るからに文系な東條はそこまで足は速くなかったが、まさか逃げるとは思っていなかった恭夜は予想外な彼の行動に思わず後れをとってしまった。周りの生徒達の仰天した様な目線をくぐり抜け、慌てて追いかけ始める。

逃してたまるか。
恭夜は一人心の中で、吐き捨てた。

1時間強探し回っていたと言うのに、ここで見失ったら冗談にもならない。何とか捕まえなければならなかった、が、相手も必死なのか距離がいまいち縮まらない。何故逃げる、と心中で罵倒しながらも、腹をくくる事にした。

仕方がない。

恭夜は舌打ちをした。止まって話を聞こうとしないのならば、もう走りながら、だ。



恥もプライドも外聞も、今だけは捨てる。今の自分は生徒会長である御堂島恭夜では無く、そんじょそこらにいる男子と変わらないのだから。

切れそうになる息を抑えつつも大きく空気を吸って、恭夜は――廊下のど真ん中で、絞り出す様に叫んだ。





「……っ悪かったッ!!」





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