14
―――風間と屋上で話をしてから、二日の間。テスト結果も全て配られ終わり(世界史も何とか乗り越えた)、生徒達の気は緩みに緩んでいた。目の前にはもう楽しい楽しい夏休みである。
まぁ、言わずもがな俺は浮かれる事の出来る状態にはいないんだが。
「……凄いな、この部屋」
「…あぁ。南か」
ガチャリ、生徒会室の扉を開ける音と共に聞こえてきた声。作業をやめて顔を上げてそちらを見やれば、何やら片手に袋、片手に数枚の紙を持った南の姿がそこにはあった。
「何だよこの汚さ、もう学校も終わるってのに…掃除して良いか?」
「押しかけ女房かお前は。仕方ねぇだろ、書類とかいつの間に見付からなくなるしよ…あー、終わんねぇ」
目頭を抑えて首をコキコキ鳴らす。書類と睨めっこはやはり辛い。
風間に任せた仕事以外に温故知新は大事だと過去の生徒会役員がリコールされた例を調べているが、何と言うか、余り参考になるものが無い。
ランキングで選ばれるという適当さから成り立つこの学園の選挙制度のせいか、役員になってリコールされる人間は少なくない。まぁ多くもないが。
先代の生徒会、まぁつまり城島先輩なんかは彼等が高2の時に腐りきっていた当時の生徒会を全員リコールし、自らがその地位に立つと言う異例中の異例な行動を起こしてみせた。リコールされた先輩方は皆、Bクラス落ち。その後は惨めすぎる生活を送ったのだとか。
あぁ、それにしても。
リコール、リコール、リコール。
「見飽きた」
「ははっ、そりゃそうだ」
そこらへんのものを片しながら笑った南に笑い事じゃない、と溜め息をつけば、そんな恭夜君に朗報ですと口端を上げられる。
胡散臭さに片眉を上げて相手の顔を見やると、南は俺に近付いて耳元に顔を近付けてきた。一言、ぼそり。
「宮村君、指先動いたってよ」
「!…本当か」
「あぁ。植物状態にはならなさそうだって銀ちゃんが。色々検査?とかあるみたいだけどな、どっかに後遺症残って無いとも限らないみたいで」
彼の話しに頷き、まだ安心するには早いが軽く息を吐き出した。どうか無事に、何の支障も無くまた生活が送れる様になれば良い。
そんな俺の様子を見ながら、南は言葉を続けた。
「原田と前田にももう伝えたってさ。…まぁ、死ななきゃ良いみたいな問題じゃあ無いから、行動は止めないと思うけど」
「それは当たり前だろうな……そういや、宮村の両親は?」
「あぁ、…何か連絡つかねぇんだと」
何でだろうな、と眉間に皺を寄せて首を捻る南に少しだけ眉をひそめて、後で宮村の担任にでも聞き出してみるかと考えた。こんな一大事が親に伝わって無いなんて有り得ないだろう。
宮村の様子を見に行きたいが、生憎とやるべき事で溢れている。時間を見つけて保健室に行こうと心に決めていると、南がそう言えばと思い出した様に口を開いた。
「これ、さっき廊下で風間から預かったんだ。時間かかっちゃってスイマセン、って言ってたぞ。何か目の下に隈あったけど」
「ん?…あ、あぁ。サンキュ、」
先程南が持っていた3枚の紙は、俺が風間に頼んだ仕事のものだったらしい。しかし隈って、どんだけ頑張ってくれたんだ。いつか奢ってやろう。そんな事を考えながらそれを受け取って、早々に目を通す。
事細かに調べられてんな…業績なんかファイルに入っていた書類の情報だけでは無さそうだ。やはりあいつに頼んで良かった。
しかし東條、結構色んな事やってんじゃねぇかアイツ。例えば、
「老人ホームの手伝い」
「ん?なんだって?」
「東條が中2の時、ボランティアで行ったそうだ」
「…え!?マジか、あの東條が……ってか何を調べさせてんだよ、風間に」
「まぁちょっとな。けど俺もここまで細けぇとは思わなかった」
助かる、と呟きつつ二枚目を捲る。今度のは笹川穂積に関する情報だった。箇条書きの様に記されたそれに目を通していく。
―――その内容に、思わず眉間に皺が寄った。
「…どうした?」
俺の顔が歪んだ事に気が付いた南が若干心配げな表情でこちらを見てくる。
それにいや、と軽く返事をして、俺は三枚目も端から読んでいった。それを終えると風間に心の中で今一度感謝しつつ、書類をまとめて机の引き出しにきちんと閉まう。
…笹川穂積の会社は、潰れたらしい。
何でもあの事件があった後、東條財閥から排除されたのだとか。利益が不利益になりそうだったから切り捨てた…そんなところだろう。大人の世界はまだよく分からないが、弱肉強食である事は間違いない。笹川穂積の家の会社を潰す事は、当たり前の選択肢だったのかも知れない。
笹川穂積の一家はそれから田舎に引越し、今までとは180度違う生活を送っているのだとか。東條と連絡を取り合っているのかはまだよく分からないが、もし親に牽制されているならば。
(……無理、だろうな)
そう心中で呟き、小さく息を吐いた。
やはり心配そうな目で見てくる南に大丈夫だと首を振って笑い、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
彼にはあの夜、東條と何を話したかの詳しい事は伝えていない。今も言うような事では無いと思っている。こればかりは俺と、あいつの問題。
だから俺とあいつで、ケリをつけなきゃならないんだ。
「何処か、行くのか?」
「―――あぁ」
「…東條の所か」
ズバリ、言われた言葉に思わず瞳を瞬いて南の顔を見る。よっぽど不思議そうな顔をしていたんだろう、お前の考えてる事は大体分かると笑われた。
何も話していないのに、大した推察力だ。全く南には敵わない。
「……これで、最後だ」
ぽつりと独り言の様に呟いた言葉に、南は静かに、ゆっくりと頷いた。
そんな彼に小さく口端を上げて、行ってくると足を踏み出す。細かい話はもうこの際どうでもいい。今は昔の俺の過ちを、ただ償いたいだけだった。
扉を開けた時、後ろから恭夜、と小さな声に呼び止められた。首を回してそちらを振り向けば、何だか少し何時もとは違う南の顔。訝しく思い、こちらから問い掛けた。
「…どうした?」
返事はなく、口を小さくパクパクと開けて何事かを迷っている。が、そのまま彼は何も言うことなく、やっぱり何でも無いと誤魔化す様に笑った。………何なんだ。
「本当に、何でもねぇのか」
「あぁ、悪い。…行ってらっしゃい」
何となく引っかかったがもう更々言う気は無さそうな相手に、とりあえずは頷いて部屋から出た。
東條に会える可能性は低い。が、何をしてでも奴と会って正面からがつんと言ってやる。
もう彼の言葉に揺さぶられはしない。俺は俺のやりたい事をやれば良い。いや、まずはやらなきゃいけない事を、か。
行くあては余り無かったが兎に角歩を進め、俺は気合いを入れ直した。
****
…一方、生徒会室に残された南。
学期終わりで仕事も殆ど無い為他の役員は来ないだろうし、部外者は立ち入り禁止だが恭夜が戻って来るまでは良いだろうと、とりあえず片付けを再開する。散らかるゴミを拾いながら、彼は無意識にぽつりと、呟いた。
「……何か、ちょっと」
寂しいな。
自身の独り言にふ、と一人で笑い、髪の毛をがしがしと掻き上げる。馬鹿な事を言うようになったものだ。
前を向く恭夜を、強いと思う。
だからこそ、いつか彼は支えを必要としなくなるかも知れないなんて事を、考えてしまう。
ただの我が侭、そしてエゴだとは分かっていたが、それでも時々不安になる時があるのだ。
まだ俺は傍に居ても良いだろうかと頭の中でぼんやりと考えて、南はただ黙々と、部屋の掃除に専念する事を決めた。