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「あんま寄らねェ方が良いですよ、俺今すげー臭いんで。すいませんねェ」
「……煙草税金上がったら吸うの止めろ」

善処しますよ、なんて言葉を適当に言って喉で笑う風間を横目で見つつ、俺は壁に背を凭れさせた。
重いファイルをドサリと床に置き、再びちらりと彼に目をやる。フェンスに寄りかかりながら俺に背を向けている風間の、紫の髪がゆらゆらと揺れていた。
その様子を何となしに眺めていれば、数秒の後不意に相手が振り返りつつそれで、と口を開く。


「何が聞きたいんスかァ?今なら特別に無料で教えてあげますよ」
「珍しいじゃねぇか、お前がそんな事言うなんて」
「そーいう気分、なんでねェ」


俺の言葉を受けて肩を竦めてそう言った後、風間は感謝して下さいよと言いながらまた笑った。やはりどこか、影のある笑みだった。

「…聞きてぇ事ってのは…1年前位にあった、強姦事件で退学になった加害者の事だ。知ってるか?笹川穂積、って奴」
「……あァ…知ってますよ。って言ってもそん時は俺ァまだ中等部だったんで、流石に細けェ事は知りませんけどね。…で、その笹川穂積って奴の何が知りたいんスか」
「…今、どうしてるのかと思ってな」
「はァ。調べられねェ事は無いですけど、何の意味があるんスか、それ」
「いや、ただの俺の自己満足だ」

目線を逸らしながらそう答えれば、ふぅんと気のない言葉が返ってきた。こいつは何でも知りたがるガキの様に見えて、結構選り好みは激しいらしい。興味の無い事にはとことん興味が無さそうだ。
とにもかくにも風間は1日下さい、と言って引き受けてくれた。もう1つ頼もうかと思っていたが自分で出来そうなので、止めておこう。
再び屋上から下をぼんやりと眺めだした風間の後ろ姿を見ながら、そう一人で考えた。

と、その時。



「…1つ、言っても良いスか、ねェ」



ぽつぽつとした独り言の様な小さな声が俺の耳に届き、顔を上げた。こちらを向いてはいない風間。表情すら分からないその姿が、道端で途方に暮れている子供と何となく重なる。
本当にどうしたんだ、と心中で呟きながらも、とりあえずは口を開いた。

「――何だ?」
「…アンタ等さ、少し勘違いしてますよ。あの原田センパイと言い前田センパイと言い、アンタも」
「……あ?」

何の話だと一瞬思ったが原田と前田の名前が出てきたと言う事は、宮村の件だろうと直ぐに気付いた。だが何を勘違いしていると言うのか。俺はともかく、あの二人が?
眉を顰めて彼を見やれば、風間はこちらを一切見ないまま、続けて言った。


「…あの人…宮村陽介はねェ、巻き込まれた巻き込まれた、可哀想だのと言われてますけど、本人は絶対そんな事考えてませんよォ。宮村陽介は、自分から頭突っ込んで行ったんだ。新聞記事書いて、ご丁寧に自分の名前まで書いて、ちゃんと覚悟だってしてたんスよ。今だってぶっ倒れてますけど、やっぱりなーこうなるよなー位にしか思ってませんよ。……だから、『関係無かったのに巻き込まれて、今死にそうな目にあってる』とか、考えんで下さい。そんなのは、あの人を馬鹿にしかしてない。あの人ちゃんと、分かってたんスから、全部。……ただの、大馬鹿野郎に、しないで下さい」


最後は風の音で掻き消えてしまいそうな程に、小さな声だった。予想外なその言葉に胸をつかれた様な気持ちになって、思わず口が小さく開いたが何の声も出せない。
彼と宮村がどんな関係なのか、俺は知らない。むしろ同じクラスだろうが知り合いだとは思わなかった。
だが俺以上に風間は、宮村の事を知っている。それだけははっきりと分かった。

無意識にそうか、とか何とかよく分からないが呟いていた俺に風間はようやくゆっくりと振り向き、真っ直ぐにこちらを見てくる。その表情は一度目に彼とここで会った時と、同じものだった。


「……偉そうな事言って、すいませんね。でもあの人が動いたのは、アンタの為なんスよ。アンタが会長なのが良いって、そう思ったから宮村陽介は、あんな記事書いたんだ。

―――だから、会長」


一度言葉を切った相手。
強い奴ばかりだ、と思う。誰かを想って、自分を叱咤して、悩んで落ち込んで迷ってなお、こんな顔が出来る。

人間だ。
弱いけれど強い、人間だった。




「アンタのやりたい事、やって下さいよ。俺はそれに協力する、どんな事でも。生徒会長には、『御堂島恭夜』しかいないって事、……分からせて下さいよォ」




―――数秒の間の後、俺は頷いた。口端を上げて任せろ、と言うと、一度瞳を瞬かせた後へらりとした笑みを浮かべる。

「らしくない事言いましたねェ、俺」
「何時もの胡散臭さよりはよっぽど良いと思うぜ」
「ひっでェなァ」

俺の言葉にケラケラ笑う風間は、普段と同じ顔をしていた。その事に少しだけ安心しつつ、もうそろそろ行こうかと床に置いたファイルに手を伸ばす。
その様子を見ていた風間がふと、口を開いた。


「アンタ、副会長の過去の業績、まとめようとしてんでしょう。あんた等中等部の時も会長副会長やってましたからね」
「………、…よく分かったな」
「んなもん分かります。…それもやっといてあげますよォ、特別に。正直あんなクソ野郎死ねば良いのにって思ってるしアンタのその甘さも信じらんないスけど、」
「悪かったな甘くて……耳タコだ」
「…いーえ。まァ、良いんじゃないスか、やってみれば。アンタの味方するって、言いましたから、俺は」


軽く口元に笑みを浮かべながら手を出してくる風間に、ファイルから斜め読みで数枚を取り出してから残りを彼に託した。重いっスねェ、と少々顔を歪める風間に笑い、曲げていた腰を伸ばして立ち上がる。


「……じゃあ、任せた。サンキュ、風間」
「いーえ。ちょっぱやで終わらせてみせますよォ、仕事の速さにゃ定評があります。それじゃあまた」
「あぁ」


頷き背を向けた俺の後ろから、最後に彼の声が、追い掛けてきた。







「宮村センパイは、平気っスよ。……あの人、石頭ですからねェ」





「……ばぁか」




阿呆な事を言って一人で笑ってる奴にひらりと手を振って、俺は屋上の重い扉を開けてそこから出た。




宮村センパイね、と呟いて、やはり食えない二人だと苦笑いをしつつ。





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