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コン、コン。
二回ほど扉をノックすれば一瞬の間の後、何時もの様に抑揚の無い声で「入れ」という声が聞こえてきた。彼は本当に、授業以外では何時でもこの部屋にいるらしい。
ガチャリと若干重い音を立てながら扉を開き中を覗き込めば、部屋には机を構えて椅子に座る黒井と、ソファに座りながら菓子的な何かをボリボリ食っている鬼嶋の姿しか無かった。


「邪魔すんぞ」
「あぁ。……何の用だ?」


大して仕事も無いのか顔を上げてそう聞いてくる黒井にちょっとな、と軽く返事をしつつ風紀委員会室をぐるりと見回す。どうやらお目当ての人間はいない様だ。

「…風間が何処にいるか知らねぇか、少し聞きたい事がある」
「風間?あいつなら最近は余り来ないな。仕事も無いから放ってはいるが」
「そうなのか…分かった。後、歴代の生徒会業績がまとめられてる書類はねぇか?何か生徒会室には無さそうなんだけどよ」
「あぁ…それならそっちの棚に、…鬼島、一番上の分厚いファイルだ。取ってやれ」

黒井から声を掛けられた鬼嶋は一拍の間を空け頷きつつ、口に入っていた菓子を飲み込んで、立ち上がった。確かに俺じゃあ届かない様な高い位置に置いてあったそのファイルを容易く取るその姿に、少々複雑な気分になる。
「…」
「あぁ、サンキュ」
ずっしりと重みのあるそれを無言で手渡され、鬼嶋に小さな礼を言っていた時、不意にそれを見ていた黒井が「御堂島、」と俺の名を呼んだ。
何だと思いながらそちらを向けば、少し視線をさ迷わせた後、口をゆっくりと開く。


「…ついさっきだが…3年の原田一輝と前田雄太郎が、署名を求めて来た。副会長をリコールする為のな」


―――思いがけない言葉に、一瞬驚いた。行動を起こすとは思っていたが、もう署名を集めている段階に入っているのか。想像よりもずっと速い行動力だった。
生徒会役員をリコールするには、案外…と言うのも可笑しな話だが、手間がかかる。8つある委員会の半数の委員長からと、全校生徒の三分の一の同意が必要だ。それに加えて生徒会全員をリコールする場合はまた違うが、そうでないならば他役員からの署名も半数は要る。
黒井の言葉にそうか、と少々間抜けな返事をしつつ、俺はゆっくりと息を吐いた。彼等のしている事を邪魔する権利は、俺には無い。

「署名をしたぞ、俺は」
「……あぁ」

続けられた彼の言葉にそうだろうな、とひとりごつ。リコールするに値する理由は十分にあるのだ。宮村の件は証拠が無い為に問い詰める事は出来ないだろうが、その前までの仕事放棄を上げればきりがない。黒井からすれば、署名する事に異論がある筈が無かっただろう。
そんな事を何となしに考えていれば、黒井が真っ直ぐにこちらを見ていた事に気が付いた。視線を合わせると、再び静かな声で問われる。




「お前は、どうするんだ」




真っ直ぐなその言葉に数秒黙った後、俺は何を言うでもなく眉尻を下げつつ口端を上げた。
こいつ相手に中途半端な答えを言うわけにはいかない。今はただ、足掻いてみるだけ。信念はあるが、何も確信してはいない。
黒井は俺の言いたい事を分かってくれた様だった。ゆっくり頷いて、何か手伝う事があれば手伝おう、と何時もの無表情でそう言う。有り難い。

「サンキュ。…じゃあな、また」
「あぁ。無理はするな」
「わーってるよ」

軽く手を上げて部屋から出ようとすれば、鬼嶋が小さな声で会長、と呼び止め裾を引っ張ってきた。
…軽い力で摘まんでるんだろうが破れそうだ。

「何だ、鬼嶋」
「……あの、クソ紫野郎」
「あ?あ、あぁ……風間の事か」

あいつがどうした、と首を傾げつつ彼の次の言葉を待っていたら、鬼嶋は眉間に皺を寄せてこれまた小さな声でぼそりと、一言。


「………屋上、」
「…ん?」
「………屋上に、いる」


実に鬱陶しい臭いがあそこからするのだと、鬼嶋は顔を歪めてそう言った。鬱陶しい臭いってのは恐らく、風間の煙草のものだろう。
篠山から聞いたが、何やら鬼嶋は煙草にも酒にも厳しいらしい。未成年の飲酒喫煙は確かに良くない…と言うより悪いが、何だか彼が言うと酷く違和感を感じる。いやまぁその意見には全面的に賛成するがな。
とにもかくにもその情報は有り難かった。サンキュ、と短い礼の言葉を言えば小さく頷き、鬼嶋はまたのそのそとソファへ戻っていく。
黒井に今一度顔を向けてひらりと右手を振ってから、俺は今度こそ部屋から出た。重いファイルを持ちながら行くのはどうかと思ったが、とりあえずそのまま屋上へと向かう事にする。





かつかつと靴の音が響く廊下。さっさと寮へ帰っていく生徒達の後ろ姿を窓越しに眺めながら、原田と前田の事を思い出した。
…恐らく、委員長達の署名は集まるだろう。全校生徒からの同意は夏休み前日の全校集会で得ようとしているに違いない。今の状況ならばその要求は容易く通る筈だ。その前に俺の所にも来るだろうが。
――リコール。
頭の中で、一度呟いた。
それから小さく息を吐き、目の前にあった屋上へと続く階段を上がろうと足をゆっくり上げる。と、その前にふらりと階段の陰から出てきた顔に、俺は目を瞬かせた。



「……風間、」



呟く様に名を呼ぶと、俯き加減だった顔がゆらりと俺の方を向く。その時不意に鼻に届いた強い臭いに、思わず眉間に皺を寄せた。……かなり、吸ってやがる。
余りに酷い、と説教でもかましてやろうかと思ったが、彼の右手に握り潰された煙草の箱があるのが目にとまり、止めた。自分でもきっと、分かっているに違いない。何が理由で彼がこうまで荒れているのかは知らないが、口を出すべきではないと思った。何時もは飄々としているその姿が、普通の高校生に見える。
そんな事を考えつつ、兎に角今は自身の用を終わらせようと口を開いた。


「…お前に、聞きてぇ事がある」


良いか?と問えば風間は数秒黙った後で、薄い笑みを浮かべた。普段のニヤニヤした人を小馬鹿にした様なものではなく、どこか力無い。





「……良いですよ、会長」





静かに頷く彼に少しだけ目を細めて、俺は先程上らなかった階段の一段目に、足を乗せた。






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