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昨日、城島先輩から電話のあった俺はそのまま自室へと戻り、何も考えずに朝までそれはもう熟睡した。お陰で今朝の目覚めはかなりすっきりだ。
顔洗って制服に着替えて朝飯をパンとソーセージで軽く済ませ、ゆっくりと学校に登校。テスト返ししか無い為に今週は全て午前授業だ。きゃあきゃあ沸き上がる声をくぐり抜けて、数学と英語と現代文のテストを受け取る為だけに席で待機。
ちなみに返されたそれの結果はまぁ、何時もよりは若干低いが悪くはねぇと思う。不安なのは世界史だけだ。

何やかんやでやる気の感じられない授業が終わったら、さっさと帰る準備。南は担任の教師と今後の進路の事で面談があるらしく、一人購買で買ったホットドッグを持って中庭へぶらりとやって来た。


―――そして、現在。
見た事のある背中に、遭遇中な俺である。


「………」

ゆらゆら揺れる金の髪。この学校では他に余り見付からない、綺麗な地の色だ。中庭に数個設置されているベンチの1つに体を小さく丸めながら座っている。
どうしようかと数秒間考えた後、俺はゆっくりと彼の後ろから近付いて行った。もし縮こまって座る彼に耳があったら、そりゃもう可哀想な位に垂れ下がっている様な雰囲気を出していたからな。

後数歩、と言うところでとりあえずは立ち止まって、俺はそのしょんぼりとした背中に向かって口を開いた。


「……立花、」


名を呼んだ瞬間、ぴくりと体を震わせた相手。立花はゆっくりとこちらを振り向き、恭夜先輩、とぎこちなく呟いた。
泣いているのかと思っていたがそうでは無いらしい。だが目の下に若干の隈が見える彼に少し眉をひそめて、隣に座っても良いかと尋ねる。
数秒の間の後で小さく返ってきた頷きに髪の毛を掻き上げながら腰を下ろして、買ってきたホットドッグの包みをビリ、と破いた。

「昼飯は」
「…食欲無いっス…」
「ただでさえ暑ぃのに食わなかったら余計体に悪いだろうが、食え」
「うぅ」

罰の悪そうな顔をしながらも渋々と横に放ってあった鞄から何かを取り出した立花。見れば何とも形の悪いお握りだった。…まぁ持ってきてるだけ良いのか。
無言でちびちびとそれを食し始めた奴の隣で、俺もホットドッグにかぶり付き始める。ケチャップの量が多い、しょっぱい。
なんて下らない事を考えながらひたすら口を動かしていれば、あの、と小さな声が聞こえてきて俺はそちらに目をやった。全く減っていないお握りを手にしながら、立花はもごもごと口を動かした後、ちらと俺の表情を伺うようにこちらを見やる。


「…きょ、や…先輩は、…その、玲紀を…退学に、するの…んですか?」
「………」


思わず眉間に皺が寄った。相変わらず下手な敬語で問われたその言葉に、誰から聞いた、と俺が尋ねる前に直ぐに目線を伏せた相手がぼそぼそと呟く様な声で言う。

「南先輩に…昨日、会って…陽介の事聞いたら、すげー悩んだ後に…『お前は知る必要がある』って、その、教えてくれた…んです。…よ、うすけが今、目覚まさないって事と…玲紀がやったらしいって事も…」

彼はそれを聞いて、宮村の様子を見に保健室へすっ飛んで行ったらしい。ぽつぽつ話をしている最中、じんわりと立花の目に涙が浮かんだのが見えたが直ぐに服の袖で乱暴に拭う。
南が彼に言った事がどう影響するかは分からないが、遅かれ早かれ立花にはバレていた事だろう。『知る必要がある』と言った彼の気持ちは、分かる様な気がした。

先程の質問にどう答えるべきかと少し考えた後、ゆっくりと口を開く。はっきりとした答えは俺自身定まっていないから言えねぇんだが。


「…俺は、俺のやらなきゃいけねぇ事と、やりてぇ事をするだけだ。お前は東條を処分して欲しく無いのか?」
「っ違う!ホントに玲紀がやったんならその…処分?…されなきゃいけないのは分かってるし…陽介に、あんなひでー事して…でも、」


一度言葉を切って考える様に目線を宙にさ迷わせる立花。敬語は本当に苦手らしいな…まぁ仕方ないから今は許してやろう。
続く彼の言葉を黙って待っていれば、立花は再びぼそりと話し始めた。



「…俺…陽介、凄い…大事だし、あんな目にあってんの見て、絶対許せねーって思ったけど……でも、俺、……玲紀も、大事なんだよ……」



そう震える声で言ってから顔を伏せた相手に、俺は軽く目を見開いた。何時でも自分の正しいと思う事を振りかざしていた立花でも矢張、友達同士の狭間に居れば揺れるのか。
だが少し、良かったと思った。東條に味方する人間は殆ど居ないと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。
ここに、一人は確実に居たから。


「ぉ…俺、さ…本当に、皆に仲良くして欲しいって思うよ…でも陽介に『難しい』って言われて、そうなのかなって、思った。っでも!陽介難しいって言った時、『目指したいけど難しい』って言ったんだ。だ、だから…さ、」


泣きそうに顔を歪めてこちらを見た立花はしかし、泣いてはいなかった。きっと今一番泣きたい時だろうに、必死でそれを抑えている彼。
真っ赤になりながらも確かな意志の感じられるその瞳で真っ直ぐ俺を見ながら、立花は言葉を紡いだ。




「…め…目指すだけなら、良いよな?俺、玲紀がした事は許せないけど…でもやっぱり、あいつの事も好きだから…皆と仲良くしたいって、思うのは良いよな…っ?」




自分の言葉を確かめる様にゆっくりとそう言った彼に一瞬の間を開け、俺は思わず笑みが浮かんだのが分かった。
目指すだけなら。
昨日俺が、一人呟いた言葉だった。


理想を叶えるのは難しいだろう。俺は宮村の件を無かった事にしたくは無いが、東條を追い詰めるだけ追い詰める事もしたくは無い。立花は宮村の事が大事だが、きっとそれと同じ位に東條の事も大事だ。

全ての人間の望む事が出来る筈も無いし、それぞれの人間が相反する感情を持っている事もある。それでも、やる前から諦めたくは無い。






(……目指す、だけなら……な、)






そうだ。それはきっと、自由だから。



「―――あぁ、」

好きにしたら良いと、そう立花に向かって頷けば、彼は一瞬の間の後に大きく首を振って頷いた。今までの様にやり方を間違えなければ、立花はきっと凄い人間になるような気がする。
何やら吹っ切れた様な表情の彼に、ホットドッグも食べ終えた事だし俺はもう行くかと腰を上げた。見上げてくる相手にそれじゃあなと声を掛ければ、うす!と返事が返ってくる。
そのぎこちなさに翼も最初は敬語を喋れなくてこんな感じだったなと思い出し、また笑みが洩れる。きっと一週間もすりゃあ慣れるだろう。





踵を返して歩き出した俺は、始めようと決意した。期限は後、一週間。

やれるところまでやろう。




まず初めに行くべき風紀委員室を目指して歩き続けながら、俺は思った。





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