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真夜中、生徒会室。
前生徒会長からの思わぬ電話を受けた俺は正直心底驚いていて、口をパクパク開けたまま何も言う事が出来ずにいた。卒業してから一度たりとて会ってはいない、何故俺の電話番号を知っているんだ。何故こんな時間に電話してくるんだ、いやそもそも用件は一体何なんだもう意味が分からん。
この学園に彼が在籍していた時も勿論だが、やはり城島会ちょ…いや、城島先輩のやること成すことの大半が理解出来ねぇ。


『おい、何呆けてやがる。憧れの先輩からの電話で放心か?』
「……、…誰がアンタに憧れてんですか、普通に驚くでしょうよ。何で俺の番号知ってるんですか」
『俺に調べられない事はねぇ』
「………何でこんな時間に電話、」
『はぁ?昼間はクソ忙しいんだ、お前に電話する時間なんかあるわけがねぇだろ』
「……………そうですか」


思わず心の中で溜め息。相手の都合なんざ全く考えないこの真実の俺様っぷり。俺もそう言われる事は多いが城島先輩に比べれば可愛いもんだろう。
彼に色々と質問するのも面倒になってきた俺はとりあえず、さっさと用件を言って貰おうと口を開いた。

「……で、何の用ですか、俺に」
『あ?あァ、何か俺の完璧な履歴に傷がつくかも知れねぇ事態が起こってるって聞いたからな、先輩様から直々に渇を入れてやろうと。上が不甲斐ないから下ががたつくんだ、お前一体何してやがる』
「っ、……」

一瞬息が詰まった。何となくその事に関係している事だろうとは思ったが、はっきりとこう言われると動揺する。
先程まで頭の中を占めていた情けない考えを、この人に話したくはない。別に城島先輩を尊敬しているから、とかそんな訳じゃあ決して無いんだが(と言うか最も見習いたくない人間だ)、兎に角言ったら鼻で笑われる事は目に見えている。
自分でも分かる、どんだけ今の俺が情けないか、不甲斐ないか。

分かっているが、どうしようもない。






『……お前よぉ、変わったな』
「………は、」






黙りこくっていた俺の耳に不意に届いた言葉。その意味合いがよく分からなくて、俺は眉をひそめた。

『昔のお前はもっと、…そうだな、何を言うにもはっきりしてやがった。この俺に年下の分際で意見を言うところは気に入らなかったが、今のてめぇはもっと気に入らねぇな』
「………それ、は」
『怖ぇのかよ、今更』

凛とした声で問われ、ハッとした。
怖い―――そうだ。怖くなってしまった。
はっきりと物事を決める事。思った事を告げる事。何も考えず、ただ己のしたいと思った事を、言いたいと思った事をそのまま実行してきた。だがそれが思わぬ誰かを傷付ける可能性があった事を、俺は考えていなかった。傷付けていた事を、知らなかった。
非難される事は怖くない。自身への暴言や中傷は腹も立つしヘコみもするだろうが、それで頑張る事を止めたりはしない。
だが、自分が。誰かを傷付けて苦しめた事を、はっきりと理解させられるのは、思う以上に恐ろしい事だった。

怖いと、初めて―――思った。




「………俺は、馬鹿ですか」
『そうだな。誰も傷付けたくないー、なんてそこらの生娘か?有り得ねぇんだよ、生きてる限りそんなのは。…テメェだって分かってんだろうが』

何の戸惑いもなくあっさりとそう言い放った相手に、口をつぐむ。俺だってそんな女々しい事は言いたか無いが、一度考えてしまえばうじうじと悩んでしまうのは人間誰しもそうだろう。
何も言えない俺に、城島先輩は電話口の向こう側で微かに溜め息をついた。彼がどこまで知っているのかは知らないが呆れているんだろう、確かに今の俺を昔の俺が見たら全力で跳び膝蹴りを喰らわしてきそうだな…。しかし沈んだ気持ちを無理やり上げても仕方がない。

数秒の間の後で、城島先輩はおもむろに口を開ける。その聞こえてきた言葉に、俺は胸を突き刺された様な気になった。


『…御堂島よ、辞めたいなら辞めちまえ。そんな人間が一番上に立つなんて下の奴等も嫌だろうよ。重いなら投げ出せ、そこまで頑張る必要もねぇ。生徒会長なんて大層な名前ついてるが、要は体の良い雑用係なんだからな。皆分かってくれるだろうよ』


「………」

―――確かに、辞めた方が良いかも知れないとはちらりと思った。だが面と向かってそう言われると本当にそれで良いのかという気持ちと、妙な負けず嫌い精神がまた沸々とわき上がってくる。忘れていた、そう言えば俺は負けず嫌いだった。色々ありすぎて闘争心まで無くしていたのか。

何も言わない俺を無視して、電話の向こうでは城島先輩がつらつらと言葉を繋げていた。


『まぁアレだな、お前なんかたかが高校生でケツの青い糞ガキで不完全も不完全、超未熟者ってヤツなんだから責任の重さに耐えられねぇのも仕方ねぇわなぁ。辞めちまえ辞めちまえ、それが良い。うじうじと悩んでる奴よりは良い考えの出来る人間が跡を継いでくれるだろうよ。兎に角そんなシケた声してるんだったらさっさとや』
「ッあー!!!何なんスかアンタ、けなすしか出来ねぇんか!!!もっと応援する様な言葉は!!??」
『耳元で騒ぐな、うるせぇ』
「そりゃどうもすみませんね!!!」


余りの言い種に流石に頭にきた俺は思わず相手の言葉を遮ってしまったが、それはそれは華麗にスルーされた。
なまじ言ってる事が的を射ている為にさらに腹が立つ。アレだな、図星を指されると怒るってヤツだ。ケツの青いガキとまで言われてはいそうですか、なんて言える程俺は寛容ではないし。

少しキレ気味になった俺の言葉にクツクツと喉で笑い、城島先輩は辞めねぇのかよ、と聞いてきた。ここまでコケにされて引き下がる訳には行かない。
完全に負けず嫌いに火がついた俺は、先程悩んでいた事などすっかり頭の中から取っ払ってはっきりと彼に、告げてしまった。


「っ辞めません。誰が何と言おうと、辞めろと言われたって辞めねぇ!!見てろよ、絶対アンタをギャフンと言わせてやる…!」
『俺をギャフンと言わせてどうすんだこのおたんこなす。まァ、やる気になったんなら良い。後はテメェで考えやがれ』
「言われなくても考えるっつの」
『この野郎、完全に敬語無くしたな』


勢い余って本当に敬語無しになってしまったが、城島先輩はもう卒業しているので使わないでも良いだろうと無理やり自分を納得させた。まぁこの人相手だと自然とまた敬語になってしまうんだが。

もうさっさと電話を切って問題についてもう一度考え直そうと思っていた俺は、最早完全にこの人を見返す事が第一となりつつあった。こんな事じゃあいけない。
頭を冷やそうと一人ぺしぺし後頭部を叩いていれば、城島先輩がまぁ、と再び口を開いた。


『細けぇ事は知らねぇが、お前が悩んだ事はきっと無意味にはならねぇよ。そのままうじうじしてりゃあそれはただの後悔だが、前向くって決めたんなら反省になる』
「……、…はい」

どこかで聞いた様な台詞だと思った。それが自分の頭の中で呟いた言葉だったと思い出し、思わず苦笑にも似た笑みが洩れる。
反省と後悔は、似ている。途中まではきっと一緒だ。違うのは次に生かすかどうか。

俺が、これからどうやって生きるか。




『悩むだけの理由があったんだろう。生徒会長っつっても人間だ。公私は分けなきゃならねぇが、人間性まで切り離して考えなきゃいけない訳じゃあねぇ。……トップってのは勝手な事はしちゃいけねぇが、おい、御堂島』
「…何ですか」




『――やると決めたら、それをやり抜け。曲げんじゃねぇ。他の奴等の言う事を聞くのも大事だ、だがまずはテメェの信じた事を信じろ。怖くても、自分じゃ無理だと思っても、とりあえずやれ。…そうすりゃ、誰かはついてきてくれる』




必ずだ、と。
そう言ってから俺の返事を聞かぬ間に俺様はもう寝る、と電話を切った相手に目を瞬かせて、俺は耳から携帯を離した。

(…何か、初めてあの人からまともな話を聞いた気がするな…)

少々失礼な事を思いながらも携帯電話をポケットにしまう。先程まで沈んでいた気持ちが妙にすっきりした。怒鳴ったからかと思いながらも部屋に帰ろうと扉に向かって一歩踏み出したが、ふと考えてゆっくりと振り返る。



そこに佇む、1つの机と椅子。
たった1つしか無いその場所に、俺が居て良いのかはまだよく分からない。だがもう悲観的になるのは止めようと思った。

俺はやる。やってみせる。
間違いの無い完璧な方法で解決する事は出来ないかも知れない。だが口だけでも、やはり理想を言っていたい。目指すだけならば構わないだろう。
相応しくなくても、俺は頑張る事を決めたのだ。そう、ずっと前から。




原田と前田の想いを、無下にしたくは無い。
宮村のあの大きな痛みを、無視したくは無い。



―――そして、東條は。
まだ取り返しのつく場所に居るのならば、もう一度あいつと、頑張りたいと思った。

宮村にした事を、何とも思っていないのかと聞いた時。
もし彼が「何も思っていない」と即答していたのなら、きっと俺は許さなかった。許せなかった。



でも俺は、あいつの、東條の目が僅かに揺れた事を、見てしまったから。
あいつも後悔してるんじゃないかと思った。そうならば、もし、本当にそうなら。





なぁ、頑張る位は良いだろう。
ちょっと待ってくれよ。まだ、あいつと全部を話したわけじゃあ無いんだ。





そこに変わらず在る机を見ながら、俺は誰にと言うわけでもなくそう小さく呟いた。
最後まで、足掻いてみたい。誰からどんな事を言われようと、俺は俺の信じた事を。
そこまで考えてから、俺はふと気付いた。

そう言えば、あぁ、そうだ。

俺は。





「…思い出した、」





―――誓った、言葉。






微かに笑みを浮かべながら、俺は踵を返した。


目指すものを、叶えに。







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