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何も考えずただよく分からない所をずっと歩いていれば、いつの間にか生徒会室の前まで来ていた。
ぼんやりとその見慣れた筈の扉を見上げ、無造作にポケットから鍵を取り出しゆっくりとそれを鍵穴に差し込む。カチリ、金属が噛み合う音がしてそのまま手の平で押せば、ギィ、と重たい音と共に、それは開いた。

誰もいない、暗い部屋。
電気もつけずにそろりと中へ足を踏み入れ、自身の机の前まで歩く。学期終わりが近い為に仕事は普段と比べて少なく、数枚の書類が置いてあるだけのそれに手を置いた。

―――深く、息を吐く。



(………俺は、)



…どうしたら、良い。

一人胸に呟いた言葉は、ずっしりと重く胸の内に広がった。色々な事で頭の中はぐるぐる回っていて、ろくな考えが出来ない。
ふと思い出してポケットに入っていた携帯を取り出した。メールに短く話は終わった事をつづり、南に送る。
話は終わった。期待した事は何も、得られなかったけれど。ただアイツはずっと俺の事を憎んでいて、本当に相容れない事を理解させられただけ。
俺は彼を、傷付けていた。
あの事件があったあの時の事は、余り覚えてはいない。俺にとってあの言葉は、ただ東條のやり方が気に入らなかった為の皮肉じみたものだったんだろう。
その一言が、相手にどんな大きな意味を与えるかも考えず。

そこまで考えてから、ふるりと首を振って小さな溜め息をついた。過ぎ去った事を悔やんでも仕方がないのは分かっている。何気ない一言が誰かを傷付ける――ありふれた話だ。それと今回の宮村の件は、全く関係が無い。その事だけは確かだ。余計な私情を挟み込む事は許されない。
悩む必要は無かった。東條は俺を許す気は無いだろう。反省してくれと、俺が言う資格も無いのかも知れないが。
東條はリコールされ、俺はそれを認めるだけ。…そしてあいつはずっと俺を、憎み続ける。大事な人間だけを守って、気に入らない人間は切り捨てて、そうしてこれから先も生きていく。きっと。


俺の、せい、で。


ズキリと頭のどこかが痛んだ。思わず手で額を押さえる。何故そんな事を思うのか、分からなかった。
俺が彼を傷付けたのは事実だ。悪気は無かったが、そんなものはきっと言い訳にしかならない。だがそんな事で、今回の件を、東條の生き方までの責任を負う必要性などきっと俺にはない。そう、思うのに。

――ただ、思い出したのだ。東條は昔は、あんな人間では無かった事を。

お坊ちゃんで弱虫の臆病者で、周りに対して何時でもどこか一歩引いて見ている様なところは変わらない。だが、アイツは決して誰かを傷付けて、そして平気でいられる様な奴じゃあ無かった。それは優しさとは少し違ったが、そんなところは別に嫌いじゃなかったのだ、俺は。
俺が、彼を変えたのかも知れない。そんな事を考えるのは馬鹿げた事だと思ったが、そう思わずにはいられなかった。


人は、そう簡単には変わらない。
けれどきっと、些細な事で変わる事もあるだろう。
そのきっかけが何かなんて誰にも分からない。分かる筈も無い。




(…俺が、あんな事を、言わなければ)




東條は変わらなかったのか。
宮村は今、笑っていられたのか。
原田と前田は、あんな思いをしないで済んだのか。



「………っくそ……ッ!!」



ぐしゃりと髪を乱暴に掻き、唇を噛み締めた。よく分からない感情が込み上げてきて泣きたくなったが、必死でそれを押し込め堪える。泣いている場合じゃあ無い。
南に会いたかった。きっとあいつは、お前のせいじゃないと言ってくれるだろう。いつもみたいに笑って、軽く頭を叩いてくれるだろう。何時でも俺の欲しい言葉を言ってくれる奴だから。それでも今の俺に、そんな甘える為だけの場所は相応しくない。

俺は、一人じゃ何も出来ない。

南や紫雲や、翼達が居てくれたから、俺を支えてくれる奴等がいたから、立っていられただけだ。
東條は、どうだったのか。あの日、親友が居なくなって。今、自分の味方と言える様な人間が殆ど居なくて。


どんな、思いで。


「……畜生……ッ」
ギリ、と握り締めた拳が震えた。たった一人で戦う事の辛さを、俺は知らない。
生徒達からあらぬ噂をたてられていた時でも、俺には味方がいた。だからやり遂げられた。俺は、でも東條は。
もう自分が何を考えているのかも分からなくて、ずるりとその場に踞った。嗚咽が漏れ出そうになったのを飲み込んで、必死で息を吸う。何もかもを吐き出したくなったが、そんな術は知らなかった。

東條は責任を取る必要がある。そうしなければ原田も前田も決して納得はしないだろうし、秩序が乱れる。だがもしここで東條を見捨てれば、本当にあいつは一生一人のままな気がした。違う、俺は、東條を救って自分を救いたいだけなのかも知れない。
知らぬ誰かがあの話を聞けばきっと、俺が自分を責めるのはお門違いだと、笑うと思う。でも、そう思わずにはいられなかった。あの一言が彼を苦しめた事は、事実だろうから。


(……っどうしたら、いい、)


宮村。教えてくれ、宮村。
彼なら笑って、皆が幸せで終われる様な方法を言ってくれる様な気がした。そんな事を一瞬考えて、余りの馬鹿らしさに、自分の情けなさに泣き笑いの様なものが洩れ出る。
いつから俺は、こんなに弱くなったのか。
他人にすがり付いて、どうすればいいかなんて事を子供の様に聞き回る。

こんな人間は、生徒会長になんて相応しくないんじゃないのか。

ふと思った。思った自分を、殺したくなった。けれど俺には、もう、何も無い。全てがぐちゃぐちゃで何も考えられない。東條をリコールする事も、しない事も怖い。人一人の人生を決める事に似ていた。その決断を自分がするのかと考えると、ぞっとした。


いつから、こんなに弱くなった。


もう一度心の中で呟いた。昔の俺はこんなに情けなくは無かった筈だ。トップである事に誇りを持ち、自身の考えを絶対だと見なし。何の戸惑いも恐れも無かったのに。
―――今は、怖い。なんて。




頑張りたい。頑張れない。苦しい、辛い。でも他の奴等の方がもっと辛い。やり遂げたい、貫きたい、やり遂げられない、俺には出来ない。

……出来ない。


「……っぁ、う……ッ、」


嫌だ。投げ出すのは、嫌だった。
助けたい。支えたい。今までやってきた事を、無駄にしたくは無い。期待を裏切りたくは無い。誇りを、捨てたくは無い。――それでも俺には、相応しくない。


誓った言葉が、思い出せないんだ。






気持ち悪くて吐きそうで、静まり返る部屋の中ただ一人必死で耐えていた、その時。


ピリリリ、


携帯電話の鳴り響く音に、びくりと肩を震わせた。もう夜も遅いのに、どうやら電話の様だった。先程南にメールを送ってから握り締めたままだったそれに、ゆっくりと視線を移す。
少し迷ったが未だ鳴り止まない音にとりあえずは携帯を開いた。明るくなったディスプレイに写し出されていた番号は知らないもので、眉をひそめる。
数秒間見詰めた後、そろりと耳に当ててみた。



ピッ





「――もしもし、」






一瞬の空白。

次いで聞こえてきた声に、俺は、…耳を疑った。





『…テメェ、出るのが遅ぇんだよこのはな垂れ小僧。この俺様が電話してやってんだからコール一回で出るのが常識だろうが、あぁ?後辛気臭ぇ声出すな、萎える』


「…………は、…え、……じょ、うしま会長…ッ!?」





―――先代の、生徒会長。
城島竜臥は俺の上擦った声に鼻を鳴らし答え、久し振りだなと喉で笑った。






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