「原田と前田?あー、知ってる知ってる。そいつらが何だって?」
「宮村のダチなんだよ、東條を潰す気だ」


食堂で焼肉定食をつつきながらそう言えば、うどんを啜っていた南が意外そうな顔をしてそうなのか、と間の抜けた声を発した。
もう夜も遅い時間帯で食堂には生徒の姿も疎らにしか見えず、俺は生徒会専用ブースに行く事なく普通の席で、南と遅い夕飯を食べていた。

「潰すって言ったって、別にあいつ等の親の会社そこまでデカくないだろ?出来る事は限られてくんじゃねぇか」
「そうだな…だから多分、まず東條のリコールをしようとして動くと思う。俺の予想だと学期終わりの集会で発表するんじゃねぇか」
「…あぁ…成る程。後一週間しか無いな」

顔をしかめて何か考える様に唸る南に軽く頷き、白米を噛み締める。時間は余り無いが彼等ならやりそうだ。あの二人の親の会社は確かにそこまでの権力を持っていないが、彼等自身にはそれなりの人脈があると思われる。

俺も何かしら、行動を起こさなきゃならない。だがその前にやる事がある。



―――東條と、話をする事。



「……本気で、一対一で話するつもりか?恭夜」
「…あぁ。そんな顔しても連れて行かねぇぞ、ばか」

不満げな顔をする南を鼻で笑い、ごちそうさまと手を合わせて早々に席を立つ。ゆっくりしている暇は欠片も無いのだ。
南の絶対危ないだのお前はいつもどっか抜けてるから心配だのと煩いお小言を聞き流しつつ、足早に歩き出して廊下に出る。

「大体恭夜、どうやって東條に会うんだ?部屋に行ってもアイツは絶対開けないって前に言、」
「寮長を脅して鍵を奪う」
「………さいですか」

呆れた様な溜め息が後ろから聞こえてきたが、これも無視。俺が対処するのが遅くなったせいで、宮村はあんな目にあった。もう待ちはしない。絶対にあの馬鹿野郎と会って、話をしてやると決意をした。
まだどうするかなんて俺の気持ちは決まっていない。だが、それでも話さなきゃならない様な気がした。彼と真正面から向き合わなければ、きっと何も分かりはしない。


「…終わったら、メールしろよ。遅かったら突撃しに行くぞ。紫雲連れて」
「頼もしいな」


はっ、と笑いながら南と別れ、――俺は奴が居るであろう部屋を目指し歩を進めた。






****



薄暗い部屋。ベッド脇に置いてある小さな灯りだけをつけて、東條は椅子に座りながらぼんやりと窓を見ていた。
予感はしていた。
誰かがこの部屋に来る事は。
少し考えれば分かる。生徒会長である御堂島恭夜はきっと、今悩んでいる。だから恐らく、自分に会いに来る。話をすれば何かが変わると信じて。
…何も、変わりはしないが。彼が東條を許しても、許さなくても、彼は一生苦しむ筈だった。その時点で、東條の勝ちだ。

コンコン、と意志の感じられるノック音が扉から聞こえてきた時、そう予想していたが故に東條は別段驚いたりはしなかった。目尻に手をやり、小さく息をつく。
次いで座っていた椅子からゆっくりと立ち上がり、東條は微かに――扉の向こう側の人間に、変わりましたねと、小さく呟いた。



「…開いていますよ。どうぞ、お入り下さい」



…数秒の間の後、ガチャリ、と無機質な音が部屋に響き、扉の陰から予想通りの人間の顔が覗いた。逆光であるが為にその表情はよく分からないが、東條の姿を認めれば久し振りだな、と静かな声で告げる。
部屋へと足を踏み込んで来た恭夜に東條は目を細め、そして―――にっこりと、笑って見せた。相手にはきっと見えていないが、笑う必要があった。


「…お前が部屋の扉を開けてるとは思わなかった。鍵まで取りに行ったんだけどな」
「えぇ…逃げる必要はもう無いと思ったので。さぁ、話をしましょうか。私も腹をくくりますよ」


訝しげな顔をする相手に促す様にそう言えば、恭夜は眉間に皺を寄せて数秒間、考える様に黙った。何も言わずに待つ東條を見詰めながら、言葉を探す様に口を開く。

「…宮村陽介を、暴行した…もしくは暴行する様誰かに命令したのは、お前か?」

東條はしばし沈黙した。
そうしてゆっくりそうですね、と頷き恭夜を見返す。やけにあっさりと認めた相手に顔を歪めて、恭夜は再び口を開いた。


「…お前は、それについて何とも思っていないのか。罪悪感も何も」
「……さぁ、どうでしょうね。彼は私にとってどうでも良い人間なので、居ても居なくても余り変わりはありませんから」
「ッ、てめぇ……宮村は、死ぬかもしれねぇんだぞ…!」
「――言ったでしょう、会長。どうでもいいんですよ、彼の事なんて。興味が無いんです」


恭夜の目が怒りの色に変わるのを、東條は冷めた気持ちで見ていた。目の前にいる相手は、少しだけだが、確かに変わった。あの時から。

―――実に、腹の立つ事に。



「とうじょ、」
「お聞きします、会長。宮村陽介は私にとって至極どうでも良い人間です。ならば、貴方にとってはどうですか。傷つけられたら嫌だと思う、相手なのですか」
「―――は、」



突然の質問に、恭夜は眉根を寄せて東條の顔を見やった。無表情のままこちらを見てくるその瞳には、確かに感情が見える。何か、……憎悪の様な、ものが。
困惑する恭夜をただその目で見詰めながら、東條は返事も待たずに口を開いた。

「…宮村君で無くても良いんです。貴方にとって大事な方々。きっと、多い事でしょう。――鹿川南、でしたか。貴方の幼なじみは。彼を傷つけられたらどうしますか?」
「……何だと……」
「トラウマ持ちのようですね、彼は。誘拐されて…強姦までされたんでしたか?もう一度同じ事をされたら、どうなるか―――」
「てめぇッ、何考えてやがる…ッ!!」

ガッ、と恭夜に胸ぐらを捕まれ、激しい怒りの目線に突き刺されても、東條は表情を崩さなかった。
御堂島恭夜にとって、大事な人間。だからこそ、彼はそれを必死で守ろうとするだろう。当たり前の事だ。


当たり前、の。



ならどうして、自分は。
否定されなければ、ならなかったのだろう。その、当たり前の事を。






「…貴方に、大事な方が…居る様に、…私にも、居ましたよ」






静かな声が、部屋に響いた。






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