嗚咽を上げる声が、ただ部屋に響く。

椅子に座りながら体を小さく丸め、子供の様に泣きじゃくる友人の姿を横目に捉えながら、原田は無表情に傍のベッドで横たわる人物を見た。
怪我だらけの彼は――宮村は、目を瞑り静かにそこに寝ている。申し訳程度に保健医に治療を施して貰ったが、対して効果は無いだろう。

全身打撲に上腕骨・足首の骨折、そして頭部に強打の痕。

保健医である四谷の言う唯一絶対の治療方法は、『絶対安静』であった。最新医療設備の整っているこの学園ではあるが、それでも昏睡状態の今、むやみやたらと手をかける訳には行かないらしい。
四谷はもう引退したが確実に自身よりベテランの腕を持つと言う教師を、寮まで呼びに行った。何でも何十年もこの学園に住んでいるらしい。奇特な人間だ。

ここには今、原田と前田、そして宮村しか居ない。寮の使われていない空き部屋で彼が倒れていたのを見付けたのも、原田と前田の二人だった。
昼は一緒に食べようと言ったのに来なかった宮村。何の連絡も無しに、彼はそんな事はしない。教室を覗いても見当たらない宮村に嫌な予感がして、テスト返上で探し回った結果―――彼をやっと、見付けたのだった。



「…っひ、…ッう…ふ、ぇ…ひく、」
「…泣くんじゃねぇよ…」
「っご、め……ッ、で、でも…ようすけ…目、覚まさね…しっ、…っこ、の…まま、もし、」
「止めろ!…縁起でもねぇ事言うな」



原田の鋭い声に前田は一瞬小さく肩を震わせ、次いでか細い声でごめん、と呟いた。そのまま再び両足の間に顔を埋めて泣く友に顔を歪め、原田はそこから意識を振り払う様に立ち上がり、窓の向こうを見る。
青く晴れ渡る綺麗な空に、無意識に唇を噛み締めた。固く握る拳は震え、例えようの無い激情が腹の奥底から沸き上がる。


(……許さねぇ……ッ)


許さない。許して、たまるか。
今度ばかりは我慢の限界だった。こんな事をした相手ももう分かっている。滲み出る涙を直ぐに腕で拭い、何処でも無い場所を原田は睨み付けた。

宮村は起きる。そう信じたい。

だが起きて、もしもまた笑って許すと言うのならば。その時は友達をやめてでも、自分だけは決して許しはしないと原田は誓った。それだけの事を、宮村はされたのだ。
宮村はきっと、またあの困った様な顔をするだろう。俺は気にしてない、ダイジョーブだからと、いつもの言葉を言うだろう。


(それは、優しさだろうけど、)


いつも思う。本当にそれが優しさであるならば、どうして自分や前田はいつも、苦しい思いをしなきゃならないのか。その優しさは、誰にとっての優しさなのか。
宮村が自身の為に怒らないのなら、一体誰が彼の為に怒るのか―――。

(……お前が、何もしないなら、)

俺がする。文句は聞かない。
良いな陽介、と一人心の中でそう呟いた時、廊下から走る足音が聞こえてきて、原田はゆるく首をもたげた。
直ぐにガラリ、と慌ただしく扉を開ける音と、宮村、と切羽詰まった様に呼ぶ声が耳に届いてくる。ちらと横目でその姿を確認すると、原田は再び窓の方に視線をやった。


「…宮、村は…起きて、ないのか?」


息を切らせてそう言う彼に、前田が鼻を啜りながら小さく頷いた。その返事に、部屋へ入ってきた人間――恭夜は顔を歪め、ゆっくりと横たわる宮村の側へ寄っていく。
酷い状態だった。痣だらけの顔と体。
眉間に深く皺を寄せ、恭夜は震える手を握り締める。どれだけ殴られ、蹴られ、放置されていたのだろう。ごめんな、と掠れた声が、喉から無意識に絞り出されていた。



「……会長、」



その時。
静かな声が、部屋に響いた。
顔を上げると、背中を向けたままの原田の姿。彼の握り締められた拳から僅かに血が滴り落ちているのを見て、恭夜は息を飲んだ。怒りと、やるせなさ。入り交じった感情が、その背中からは伝わってくる。
原田はそのままの状態で、再び抑える様な声を出した。

「……会長……アンタは、陽介にこんな事をした奴を……許さねぇよな?許す訳ねぇよな…?」
「……はら、だ、」
「――俺は、許さねぇ。潰してやる…誰もやらないのなら、俺がやる。陽介は関係無かったんだ…ッなのに!巻き込まれて、苛めにあって、今じゃ死ぬか生きるかの境目だ!!…こんな事があるかよ…ッあるのかよ、なぁっ!!!」

ガンッ!!
思い切り叩かれた窓ガラスは、ビリビリと震えた。
肩を上下させ、決してこちらを向こうとはしない原田の顔は、見えない。だがその振り絞る様な叫び声に、恭夜は唇を噛み締めた。――何も、言うことは出来ず。

「…出てってくれ…アンタの考えてる事は、分かる。俺に味方しろだなんて言わねぇ、……けど」

低い声は一度途切れ、原田は拳をほどいて窓からゆらり、と離れた。



「…邪魔をするなら、俺はアンタも…許さねぇ」



決して、こちらに顔を向けない原田。
彼の言葉に恭夜は奥歯を噛み締め、苦しげに目を細めた。次いで何も言わずにただ座っている前田の方へと、視線を送る。
目を赤くさせながらも恭夜を見返してきたその瞳にも、確固たる意志が見えた。
同じ気持ちなんだなと、恭夜は直ぐに理解をする。彼らに何を言っても、最早無駄なのだと。





―――数分後。
部屋には再び、原田と前田、宮村の姿しか無かった。
決意した表情のまま、原田は立ち上がった前田に視線を送る。合わさった目線に、静かな声で、言った。




「…リコール、すんぞ。副会長を」




それだけでは、まだ足りないけれど。


原田の言葉に前田は一瞬の間を空け、ただ静かに頷いた。






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