「恭夜!何処探すんだ!?」
「知らねぇよ!でも探さなきゃどうしようもねぇだろ!!」

走る俺の後ろから南が焦りの混じった声で聞いてきた言葉に、俺は振り向きもせず怒鳴る様に返した。
南の方が俺より足はずっと速い。みるみるうちに俺の横まで並んでくると、俺は寮の方を探す、と短く言ってそのまま走り去った。
その後ろ姿をちらと横目で見送ってから、ポケットに突っ込んでいた携帯を乱暴に取り出す。電話帳から番号を見つけ出す時間さえ、惜しかった。


プルルル、プルルル。
頼むから出てくれ、と走りながら必死で願う。7回目のコールで、奴の――風紀委員長である黒井の声が、やっとこさ聞こえてきた。

『――もしもし、』
「っ黒井、悪ィが余り説明してる時間はねぇ、生徒が一人居なくなった!昨日の夜からだ、風紀でも探してくれ、頼む!」
『、…生徒の名前は』
「2−Fの宮村陽介!」
『了解した、すぐ人をやる』

ぷつり、冷静なその短い返事と共に電話は切れた。
言葉数が少なくても事の緊急性を理解してくれる黒井に感謝しつつ、再び携帯をポケットの中に押し込んで、階段を駆け上る。
テスト期間中に使われていない教室と言えば、家庭科室や音楽室などの特別教室。手当たり次第に覗いて行くが宮村の姿は全く見当たらず、焦りばかりが募った。


(っくそ…ッ俺は、大馬鹿野郎だ…!)


ギリ、と思わず歯軋りをしながら顔を歪める。頬を流れる汗を拭う間も無いまま、ただただ走り続けた。

少し考えれば、分かる事だった。

あの新聞が出て、もし東條が宮村の名前を見付けたのならば、彼がそのままで済ます訳が無い事を。風紀から人を出して、護衛を頼むべきだったのだ。本人は拒否しただろうが、それでもそうしていれば今回の事は起きなかった筈だった。
甘かった。心のどこかで、東條を信じてしまっていた。否、なめていたと言っても過言では無い。
東條は臆病者だ。他人を傷付ける事など容易いという顔をしながら、どこかでそうする事を怯えている。彼が危害を加えるのは恐らく、激しく憎んでいる相手にだけだ。
そんな考えがあったから、東條に対しての油断が出来たのだ。どうせ何も出来やしないだろう、…なんて。


(……畜生……ッ)


『後悔しても、知りませんよ』――。

東條の声が頭に響く。それを無理やり振り払い、拳を握り締めて廊下の先を睨み付ける様に見た。
何処だ。何処に、いる。
後生だから無事で居てくれと唇を噛み締めて願い、俺は走る足を止めずに宮村を、探し続けた。





―――それから、30分後。

どの教室にも彼の姿は見当たらず、ヘトヘトになった俺は壁に手をつき肩を上下させ、乱れる呼吸を整えようとしていた。その時、ブブブ、とポケットから伝う振動に気が付き、慌てて手を突っ込んで携帯を取り出して、ディスプレイを見やる。相手は南だった。それを確認した後、一息ついてからボタンを押し電話に出る。

「南?俺だ、」
『恭夜!宮村君見付かったらしい、今ギンちゃんから連絡があって――保健室に居るって……けど、その』
「……どう、した?」

見付かったという情報にホッとしたのも束の間、次の言葉を何故か言い淀む南に、ぞわりと嫌な予感が背中を這い上がる。
彼は数秒迷う様に黙った後、静かに――呟く様な小さな声で、言った。


『…結構、ヤバい…かも、知れない』


―――何が。
喉元まで出かかった言葉を飲み込み、俺は一瞬の間の後、ただそうなのか、とだけ返した。その声は掠れてしまって、彼に届いたかどうかは分からなかったが。とりあえず直ぐに行くと言い残し電話を切る。
暗くなったディスプレイを無意識に見詰めれば、己の手が僅かに震えているのが見えた。それに小さく舌打ちをし、自分を叱咤する様に腿をパシンッ、と叩いて足を前に出す。



(……大丈夫だ、…絶対―――)



自分に言い聞かせる様にそう心の中で呟くが、ヤバいかも知れない、そう呟いた南の声も震えていた事を思い出して、俺は目を一瞬だけキツく瞑る。そんな最悪な展開は、想像すらしたくなかった。


(誰かが死ぬ、なんて、)


有り得ない。有っては、いけない。

ふるりと一度瞬きをしてから携帯で黒井に見付かった事を短くメールに書き送り、落ち着こうと息を大きく吸い込んで、俺はまた、走り出した。






****




東條は一人、広い自室の中ただ何をするでもなく、椅子に腰掛けていた。無造作に自身の指をなぞる様に触る。昨日の夜、人の首を握り締めた感触が、未だに残っている様だった。
誰も彼も、甘い。東條は一人小さく呟く。
世界は自分が考えているより、腐っていないらしい。思わず薄い笑いが洩れ出た。

努力は必ず報われる。
正しい人間が何時でも勝つ。

―――冗談では、無い。そんな世界など有り得なかった。理不尽な世の中だけを見てきた東條に、そんな夢物語の様な綺麗事など、虫酸が走るだけだ。


「…会長…私を、どうしますか、ね」


顔を歪めて笑う彼の目は、何処かを睨み付ける様に鋭く光っていた。
綺麗事を言うならば、勝手に言えばいい。だがそれを何時まで押し通せるか――見物だと、東條は喉で笑った。
お優しい生徒会長様は裏切った人間でさえも、反省したならば許すと言っている。では自分は、どうだ。これ程の事をした自分の事さえ、許すのなら。



「……正義とは、何ですか」



ぽつりと呟かれた東條の言葉は誰にも聞かれる事なく、静かな部屋に消えていった。





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