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期末テストが始まって、3日。
ものの見事に東條の姿さえ見る事も無く、俺はただ日々の科目に追われていた。

何故彼に会わないかって、それは―――テスト1日目の、教室での出来事に遡る。



(………いねぇし、)


久し振りに自身のHRへ来た俺に周りは騒いでいたが、そんな事は気にも留めず俺は眉根を寄せて本来居る筈である東條の席を、睨み付ける様に見ていた。
まさかテストもサボるつもりなのか、と最後の悪足掻きで教科書を見ながら考える。そんな事をすれば幾ら生徒会役員でも単位をとる事は難しい。今か今かと何となくそわそわして待っていたが―――結局、担任が教室に入ってくるまで、彼は姿を見せなかった。
篠山にちょっかいを出されつつも(彼とは席が前後だ)何とか納得するまで教科書を見終わり、テスト配るぞーとやる気無さげに言う担任を見やる。うちの担任は生徒のやること為すこと全てどうでもいいです、みたいな顔をしている奴だ。まぁ楽だから良いんだが、教師としてどうなんだと思う。

解答用紙が配られていた時、隣同士で座っていた双子がその担任に、「「せんせー」」と言いながら手を上げた。
何だー、と気の無い返事をする担任。こいつらにそんな反応を返す教師はアンタ位だろうよ。なんて事を思いつつ彼等の続くだろう言葉に耳だけ意識を向かわせる。


「「何でとーじょー君はお休みなんですかー?」」


(………お?)
双子の思わぬ質問に思わず目をぱちくりとさせ、俺は解答用紙から視線を外し顔を上げた。聞きたかった事だが、まさかあいつらが言うとは。
担任はそれにあぁ、と気だるげに返事をすると、欠伸でも噛み殺しそうな勢いで言った。

「東條は別室受験。何でも風邪をひいたそうでなー、皆に移したくないそうで。殊勝な奴だよなあ」

ガクン。
俺は思わず机からずり落ちかけた。
十中八九嘘に違いない、ただたんに俺に会いたくないだけだろう!いや、そんな事言いつつもし本当だったら申し訳ないが、絶対に嘘だ。
弱虫野郎め、と無意識に心の中で舌打ちをする。彼は何か困難があった時、それを乗り越えようとするのではなくどうにかして回避しようとする。その点では昔から全く変わっていない、だからお坊っちゃまだって言うんだ。


妙にイライラした気持ちのまま、俺はその日のテストを受けた。






―――そして、本日。期末テスト3日目、つまりは最終日な訳だが、俺は最早燃え尽きる寸前の状態だった。

「大丈夫か、お前」
「……あぁ……」

最後の科目――俺の今回の鬼門であった世界史だが――が終わって、机に突っ伏していた俺の上空から南の声が聞こえた。
のろのろと顔を上げ、深い溜め息をつく。俺と南のツーショットに沸き上がる教室の黄色い声(若干野太い声も混ざってる)を無視して、帰ろうぜと言う彼に頷き鞄を取り出し席を立った。こうして南が迎えにきて帰るのは、物凄く久し振りな気がする。

何はともあれ、全て終わった。
結果は恐らく何時もよりは悪いだろうが、とりあえずは乗り切ったと思う。出し尽くした今の俺の脳みそはすっからかんだ。
お疲れさん、と言ってぽんぽん頭を叩いてくる南に軽く笑い、教室から出て廊下を歩いていた―――その、時。



「あっ!きょ……恭夜!」



聞き覚えのある声とバタバタ走ってくる足音が不意に耳に飛び込んできて、俺は一つ瞬きをすると、とりあえずは振り向いた。南が少しひきつった顔を浮かべ、さりげなーく俺の後ろに隠れる。……そうだな、何かデジャブだなこの感じ。
呼び止めてきたのは、何故か焦った顔をした立花だった。珍しい事に一人な様子。相手の表情に訝しげな視線を送る、何やらただ事では無さそうだ。そういやこいつは俺に何か話があるらしいって、双子が言ってたな。
彼は近くまで走って来ると足を止め、息を切らしてえっと、と吃りながら身を縮こませた。

「き、恭夜……じゃない、えと、み、御堂島、先輩?その、色々………言いたい事あんだけど、いや、あるんですけど、その、えっと」
「…………」

…何だ、どうしたこいつ。名字呼びに敬語とか、今までの立花ならば考えられない。めちゃめちゃ慣れてなさそうだし、ぎこちないにも程があるが。南も俺の背後でびっくりしている様な気配を感じる。
立花は唖然とする俺達にも構わず、散々口ごもった後――いきなりバッと、頭を下げてきた。


「ご、めんなさい…ッ!!…ぉ…俺ずっと謝りたくて…恭夜、じゃないっ、御堂島先輩に…その、…色々迷惑かけて、俺…俺のせいで、大変で…ッ」


震える声でまとまらない言葉を必死で紡ごうとする相手に、今度こそ俺は呆気にとられた。まさか彼にそんな事を言われる日がくるとは思わなかった、一体何があったんだ。
未だ頭を下げ続けながら何やら謝罪の言葉を並び立てている立花をまじまじと眺め、次いで思わず苦笑いが浮かんだ。確かに彼がきっかけとは言え、よくよく考えると立花自身から迷惑を被った事は余り無い。無意識に避けていたせいで、俺は彼の事なんて何一つ分かっていなかったし、分かろうともしていなかった。
軽く息をつき顔の見えないその後頭部を鷲掴みにすると、驚いたのか声が途切れる。そのまま無理やり顔を上げさせると、不安げな瞳とかち合った。
そんな彼に向かってゆっくりと口を開く。立花が全て悪い訳ではなく、そしてまた俺が全て正しかった訳ではない事を、既に学んでいるのだ。

…きっと、謝らなければならないのは、俺も同じ。



「――もういい。お前だけが頭を下げる必要はねぇ、…俺も、冷たくして悪かった」
「!きょ……っ、じゃね、御堂島せんぱ」
「……恭夜か会長で良い、長ぇだろ」
「!!恭夜っ」
「先輩はつけろ、敬語も使え。これは学校の最低限のルールだ」
「うっ……す、すいません……」


しょんぼりと肩を下ろしながらもコクコク頷いた立花に、思わず笑う。意外と根は素直なのかも知れねぇ。
なんとなしに南を見やれば、俺と目が合うと眉尻を下げて彼も笑った。それでもしっかりと俺の背中に隠れているが。トラウマは簡単には消えないらしい。それにまた俺は喉で笑い返して、再び立花に目線をやった。

「…で?どうした、いきなり。どんな心中の変化だ」
「ぇ…えーと、…何か色々…その、言われて、俺も考えて…そんで陽介に、教えてもら…って、アッー!」

ぼそぼそ呟くように話していた立花がいきなり顔色を変えて思い出した、みたいな表情をしたのに目を瞬かせる。何だ、どうした。
立花はバッと顔を上げると、慌てた様に口を開いた。




「な、なぁ、じゃないえっとその、陽介見なか…見ません、でしたか!?何か昨日の夜から部屋に戻って来なくて、友達の部屋に泊まりに行ってんのかなと思ったけど今日テストなのに学校来なくて…陽介その、…苛められてたから…まさか何かあったんじゃないかって、」



(………何だと?)


―――途中から、立花の話は耳に入ってこなかった。全身から血の気が引いていく様な感覚。

苛め?確かにまだランキング上位者と一緒にいる為に苛めの標的にはなっているだろうが、体育祭が終わってすぐの、しかも期末テスト真っ最中の夜にわざわざ呼び出してまでそんな事をするとは思えない。




「……まさ、か、」




南の掠れた声で呟いた言葉が、耳に飛び込んで来た瞬間―――俺は、走り出していた。







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