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しばらく時間は経過し、翼の泣き声が鼻を啜る位のものになってから俺はとりあえず立ち上がろうと無理矢理体を持ち上げた。翼が腫れて赤くなってしまった目に心配げな色を混ぜこちらを見上げてくるが、何時までも座り込んでいるわけにはいかない。まだ体育祭は終わっちゃいねぇんだ、って言うか今何時だ。

「南、今」
「2時43分。お前が居なくなって1時間ってトコだな」

みなまで質問せずとも意図を理解して答えてくれる彼はエスパーなのかと時々思う。が、今は感嘆してる場合じゃねぇ、1時間だって?大丈夫なのか。
思わず眉根を寄せて早く戻らなければと体を反転させれば、横目に紫雲が肩を竦めながら口を開くのが見えた。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。親衛隊の子達にちゃんと頼んでおいたし、クロちんも平気だって言ってたから。…まぁ、一つ気がかりな事があると言えばー」
少し面白そうな顔をして一度言葉を切る相手。その表情に何だか嫌な予感がしつつも首を捻って彼の顔を見ると、紫雲は悪戯っぽい口調で再び口を開いた。



「…本部に、鬼嶋君を置いてきちゃった事かな?」



(……………は?)


言われた言葉の意味が分からず、俺は一瞬、唖然とし。






「……っば…っ馬鹿か――ッ!!?」





思わず、絶叫した。

途端に今まで気遣っていた甲斐無く腹に鈍い痛みが走り、その場に蹲る羽目になったんだが。情けないにも程があるが痛いものは痛ぇんだから仕方がない。
翼が顔を真っ青にしてすぐに体を支えようとしてくれたが、とりあえず何でも無いと見栄を張ってまたプルプルしつつも立ち上がる。本格的に痛がってる場合じゃねぇ、鬼嶋が本部にいるなんて今頃どうなってるか想像するのも恐ろしい。あの短気馬鹿があそこで仕事をこなせる訳が無いだろうが!!!
何でそんな事をしたんだと、痛みの為涙目になってしまっているがそれでも紫雲を睨み付ければ、楽しそうじゃないとあっけらかんとした口調で言われた。死んでしまえ。
だがこれ以上何を言っても無駄だと判断して、俺は一つ盛大に舌打ちを打つだけにしておいた。南が苦笑いで肩を貸してきたのでとりあえずは借りて、腹を抑えながら少々焦りつつ扉に向かって足を踏み出す。その時ふと思い出し、俺は未だ放心状態にいる双子を振り返った。

「…おい、萱嶋!いい加減起きろ!」

大声で名前を呼べば、二人はビクリと肩を震わせた後しばらくきょとんとしていたが、目をぱちくりと瞬かせてこちらを阿呆の様に見上げてきた。そんな彼等に顎で校庭を示しながら、口を開く。
「仕事だ、手伝え。俺は動けねぇんだからお前等がキビキビ働け」
双子はその言葉に再びキョトンとした後、ゆっくりと顔を見合わせた。――次いで、同時にこくりと頷く。素直なのは良い事だ。
ふらつきながらも立ち上がりこちらに近付いてきた彼等は、何も言わず俺をジッと見詰めてきた。何か言いたげなその視線に思わず眉間に皺を寄せる。何だ、と呟く様に問えば、双子は何やら目配せをして頷いた後、口を小さく開けて、言った。


「「……会長は、僕らの事見分けられる?」」
「……」


思わぬ問いに、片眉を上げて彼等の顔を見やる。一体全体何の話だと思ったが、とりあえずは真面目な顔つきでそう言う双子を見比べてみた。が、矢張全く分からない。完璧に一緒の顔と言う訳では無いが、はっきりとここが違うとは言えない。これを見分けられる立花は、本当にどんな目をしているんだ。
しばらく眺めた後、俺はいや、と首を横に振った。ちなみに南も首を捻っていたから、分からなかったんだろう。そんな俺達に双子は笑い、自分達を指し示しながらそれぞれ口を開いた。

「あのね、僕が空翔。首に黒子があるからそれで分かるんだよ」
「それで僕が海翔ね。僕の目の色は空翔よりも茶色くて、結構違うの」

ちゃんと見てね!と笑いながらそう言う萱嶋兄弟に、俺は目を瞬かせた。何故そんな事を教えるんだという疑問が頭に浮かんだが、それを口にする事なくゆっくりと口端を上げて、頷く。彼等の間に何があったのか、何を考えていたのかはまだよく、知らない。ただ双子は双子で、考えた上での結論を出したんだろう。
後楓にちょっとで良いから優しくしてね、と付け足す様に言う空翔に思わず目を丸くし、次いで苦笑いをして、軽く頷く。やっぱりその事で嫌われてたんだな…好きな奴を邪険に扱われたらそりゃあ怒る、んだろうな。善処しよう。

とにもかくにも見分け方を頭の中に叩き込んで、改めて二人の顔を見やる。確かに空翔の方には首に黒子があり、海翔の目は兄のそれよりも茶色がかっていた。成る程これなら俺にも分かりそうだ。


「…空翔に、海翔な。……行くぞ、生徒会会計。お前達が必要だ」



―――二人の顔を見詰めながら確かめる様に名前を紡いで言った、俺の言葉に。


空翔と海翔は同じ、だがやはりどこか違う顔で、嬉しそうに破顔した。






****




部屋に伸びていた男達は起きたら帰っていくだろうとそのまま放っておく事にして、俺は南に、翼は紫雲に肩を借りて精いっぱい急ぎつつ双子と共に校庭へと戻った。頼むから何事もなく進んでいますように、なんて淡い期待を抱きつつ本部のテントがある場所へと目線を、やれば。



「………」
「……何だ、この状況?」



隣に立つ南の困惑した様な、ぼそりと呟かれた言葉。俺の気持ちをそのまま的確に表している。
我等が本部のテントは可哀想な事に、…半壊していた。が、何故だか誰も気にする事なく、今まさに閉会式をやろうとしているのかぞろぞろと他愛の無い話をしつつ…何だか涙目の奴もいるがとりあえず、集まっている。何なんだ、終わったのか?と言うか鬼嶋は何処だこの野郎。
なんて事を6人でぽかーんとしながら思いつつ、生徒達を見詰めていれば。



「何だ、遅かったな今更来たのか。もう全部終わったぞ。…しかし良い格好だな、御堂島」
「!…黒井」


スタスタとそんな軽い嫌味(だと思う)を言いながらこちらに向かって歩いて来たのは、仕事をやり終えた顔をした黒井だった。蒸し暑い気温の中だと言うのにこいつは普段と変わらず涼しげな表情だ。
とりあえずこのテントの状態を説明して貰おうと口を開きかけた時、校庭に体育祭実行委員の大きな声が、マイクを通じてキーンと大いに響き渡った。


『ぇえー体育祭お疲れ様でしたぁいえーい!!!近年稀に見る接戦で興奮興奮大興奮の連続でしたァ!!!何やかんや言っとる前にさっさと結果発表に移れってか!ちょっとは俺の話も聞いてよ!まあ良いけどね!!さぁて今年の優勝を奪取するのは、どこのチームだぁあぁぁ!!!???』

うおおお!!!!と競技を全部終了させても元気に沸き立つ生徒達。とりあえず質問は後にして、事の成り行きはどうなったのかとそちらに耳を傾ける事にした。正直俺は競技に参加してねぇからどこが優勝でも良いんだが、出来るなら自身のチームが勝って欲しいと思うのは人間の性だろう。


溜めに溜めまくった司会の生徒は、皆が固唾を飲んで見守る中、大きく息を吸って―――


『今年の優勝はァ………


やはりやはり!!今年も!!!!朱雀でした――ッ!!!!!!!!』



実行委員の声が響いたその瞬間、校庭を覆す様な、大歓声が鳴り響いた。…正直うるせぇ。
やはり伝説は簡単には覆らなかったかと苦笑いの様な笑みを浮かべつつ軽く溜め息をつく。朱雀の人間以外も何故かどんちゃん騒ぎに混ざっている為、校庭は物凄いカオス状態だ。南が笑いつつやっぱり朱雀だったな、と言ってくるのに鼻を鳴らし、何とか興奮状態の生徒達を宥めようとしている司会に目を移す。その後の順位はほぼ例年通り。二位が青龍、三位が白虎、最下位はいつも通り、玄武だった。
それでも落ち込む事なく騒ぎたてる生徒達を見ていれば、紫雲がでも、と声を発した。

「本当に、いつにない接戦だね。優勝と最下位が15点差しか無いなんて今までにないよ」
「あぁ…順位がひっくり返るのも、時間の問題だぜ」

口端を上げてそう言うと、紫雲も笑って頷いた。伝説を破るのが自分の代じゃなかった事は口惜しいが、今後の体育祭の展開が楽しみだ。




続いて生徒たちの注目の的である、本日のMVPの発表が成される事になった。これに選ばれた人間にはお金持ち学校らしく、超豪華な賞品が毎年贈られる。本来ならば俺が発表する筈だったんだが、生憎顔も殴られた為に生徒の前に出れる状態じゃない。やむを得ずそう黒井に告げ、体育祭実行委員にそのまま続けて貰う事にした。


『それではぁお待ちかねのMVP発表でっす!!!!!本日のMVPは――ー』


何だか妙な間が一瞬空いた後、少し困惑の交じった、しかしはっきりとした口調で、壇上に立つ彼は口を開いた。





『…えー……っと、今回は特別に、二人に賞が贈られる模様です!!本日のMVP受賞者は、





2−F長谷川疾風に、同じく2−F鬼嶋遥ァアアァ!!!!!おめでとーございまっす!!!!!!!!』






「………あ?」



何故、その二人が。


呆気にとられた俺の呟きは、またもや校庭に響いた歓声に、掻き消された。






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