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(恭夜side)



終始笑顔を保ったまま事を終えた紫雲と、その傍らで地獄を見た双子が放心状態でガタガタ震えているのからとりあえずは目線を外して、俺は起き上がろうとした。が、やはりズキリと鈍く痛みが腹に走り、思わず顔を歪める。南がそれに気付き心配げな顔をして口を開きかけたが、ふと別の方向に何かを見て、そのまま何も言う事なく口を閉じた。
何だ、と思いそちらを見れば、…翼が非常に暗い顔で、こちらに近付いて来るのが目に入る。最近こいつのこんな顔しか見ていない気がするな…。
俺のすぐ前まで来た彼は俺の状態を見て、数秒もごもごと口を動かした。
しばらくしてから、ゆっくりとその場で腰を下ろし、何故か――かしこまって正座を、する。…悪いが意味が分からねぇ。
目線を伏せ気味に腿にちゃんと手を置きそんな座り方をする彼に俺は普通に座れば良いだろうと言いかけたが、思い直して途中で口を閉じた。
前髪の向こうに微かに見える顔が、眉根を寄せて余りに真剣な表情を、していたから。

―――彼は数秒黙って正座をしたままでいたが、やがてゆっくりと、口を開いた。


「………痛み、ますか」
「……、………あ?」


相手の質問に首を傾げてそんな間抜けな返事を返せば、翼はちらと目線を上げまたすぐに伏せた。呟くように怪我の事です、と言う彼に目を瞬かせ、次いで意図を理解し納得する。そりゃまあ痛むがそんな事を言えばこいつは自分のせいで、なんてまた面倒くせぇ事を考えて落ち込むんだろう。
その姿が容易に想像出来てしまった俺は、溜め息混じりに口を開いた。

「俺よりお前のがひでー怪我してるだろうが。自分の心配でもしてろ」
「…俺はこれでも、喧嘩には慣れてます。けど、会長は」
「うるせぇ馬鹿野郎、それ以上ぐじぐじ言ったら夏休み中草むしりやらせんぞ」

一睨みしながらそう言えば、翼は至極複雑そうな顔をして口をつぐんだ。納得いかない、みたいな表情をされても困る。俺は何でもかんでも引き摺るのは嫌いなんだよ。
が、何でもかんでも結構な割合で引き摺る目の前の後輩は、やはり今回もそれは同じな様だ。真面目なこいつらしいと言えばらしいが、…そんな泣きそうな顔をしねぇでも良いだろう。




そんな事を考えながらふと目線を下に移せば腿に置かれた手が震える程に固く握り締められているのが目に入り、俺は目を細めた。
――そもそもこのお馬鹿は俺の事が、分かってねぇんだ。まぁ俺もこいつの事が分かってないのかも知れないが、とりあえずそこは置いておく。


「翼」
「っ、……は、い」


静かに呼び掛ければ彼は少々驚いた様に肩を揺らして、次いで妙な間を空けて小さな声で返事をした。様子を窺う様な目線がちらちら見える。だからそんなに体を縮こませなくても良いだろっつの。
そんな相手にやはり溜め息混じりで、俺はゆっくりと言い聞かせる様な口調を心掛けて、声を発した。

「……あのな、俺は何も怒っちゃいない。罪悪感なんて感じてるならお門違いだ、お前は俺を助けて――」
「…ッ違うんです……っ!」

泣きそうな声が、俺の言葉を遮った。
少しばかり大きな声に片眉を上げて彼を見やる。途端、顔をくしゃくしゃにさせた翼が目に飛び込んできて、思わずギョッとした。……俺はまた彼を泣かせてしまったらしい。
込みあげてくる何かを抑え込む様にしゃくりあげながら、彼は必死で言葉を繋いだ。


「……ちがっ、違うんです……ッ、お、おれ、ほんと、は……いっ、かい、本当に……っ、か、会長を……うら、ぎ………ッ」


溢れ出す涙を一生懸命に拭って、それでも胸に何かが突っ掛かる様で、言葉は涙声になり途切れた。そのまま嗚咽を上げながらも何とか声を発しようとする彼の姿は、先程男共の中心で拳を振るっていた翼とはまるで別人。ただの、高校生。



(…まぁ、)



こっちの年相応な泣き虫不良の時の方が、俺は好きだけどな。
目を細めながら彼を見つつ心中でそう呟き、俺はゆっくりと、体を起こした。大丈夫かと南が目だけで見て少し体を支えてきたが、止める事はしてこない。俺のしたい事なんてお見通しなんだろう、若干ムカつくが手は借りておいた。
俯きながら肩を震わせる翼の手の甲や正座した腿の上は、彼が溢した涙でひどく濡れている。あの双子もそうだがどうやらここには結構泣き虫が多いらしい。全く厄介な事だ。
必死で嗚咽を止めようとして失敗している翼をしばらく黙って見詰めた後、俺は再び、心の中で呟いた。


―――だから、馬鹿だって言ってるんだ。




「翼、こっち向け」
「………っ…」

彼のすぐ前で同じ様に座り込み、少々顔を覗き込みながらそう言っても翼は数秒の間の後、ふるふると首を横に振った。ひでぇ顔です、とぼそぼそ鼻を啜りながら言う彼に思わず呆れる。そんな事は聞いてねぇ。
頑なに顔を上げようとしない翼にどうしたもんかと少し考えてから、俺は軽い溜め息をつきつつ、そっと彼に手を伸ばして。




ムニッ



「……、…!?」



ほっぺを、つねってみた。



驚いて顔を上げるだろうと思ったんだが、逆にその行為にカチンと石の様に固まってしまった翼。全く動かねぇ。それに心中で舌を打って、仕方がないから俺は頬をつねる手に力を込めてみた、途端。

「イファファファ!!!!いふぇ、いふぇっス会ひょ……ッ」
「ぶふっ」

南の噴き出す声が聞こえた。確かに間抜けな顔だな、うん。少し力を緩めてやれば、涙目ながらもようやく彼はゆっくりと顔を上げた。恨めしげにこちらを見てくる彼に口端を上げて笑い、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜてやる。最近何となく分かってきたが、俺は気に入ってる奴の髪を撫でるのが好きな様だ。
抵抗はしないが罪の意識に揺れている目。そんな彼を真正面から見詰め、俺はゆっくりと話しかけた。


「…良いか、翼。もう一度言う、俺は怒っちゃいねぇ。むしろ感謝してる。お前が何と言おうと俺はお前のお陰で助かった、そうだろ?」
「……っで、も」
「でもはいらねぇ。一回本当に裏切っただかなんだか知らねぇが、それで良いんだ。家族と引き合いに出されて迷わない奴が何処にいる?逆に迷ってなかったら俺はお前をぶん殴ってる」
「……っ…かい…ちょ…、」
「……父子家族だっけか?妹も居るだろ、…それなのに最後に馬鹿しやがって…嬉しいだろうがこのワンコが」


グリグリ指を眉間に押し付ければすいません、と掠れた小さい声と共に彼の瞳からぼろぼろまた忘れていた様に涙が溢れ出てきた。口を開いたり閉じたりしながら泣きじゃくる彼に笑って、何も言わなくて良いとただくしゃくしゃの顔に似つかわしい様に髪の毛もぐしゃぐしゃにしてやる。


何も、言わなくていい。
言わなきゃならない事があるのは、俺だから。




「………サンキュ、翼」





お前を補佐に選んだ俺の目は、間違っていなかった。
そう呟く様に言った俺の言葉に彼は何も返す事なくただしゃくりあげ続けたが、一度小さな頷きを返した様に、見えた。






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