35







****



南と紫雲が現れて、数分後。
部屋の有り様はそれはもう、悲惨な状態であった。生きる屍と化した男共の横ですっきりした様な表情を浮かべてニコニコしている紫雲。だが、彼は数分前まで既に翼の攻撃でダメージを受けていた男達に、何ら躊躇する事なく止めをさしていた。清々しいまでに容赦の無い姿に、南は恐怖した。

「…アイツだけは、敵に回したくねぇな…」
「………」

ぼそりと呟かれた南の言葉に、恭夜は無言の肯定を示す。全くその通りだ。
殴り合いの喧嘩は出来ない南は激しい乱闘の間をくぐり抜けつつ彼の側まで来て、縛られていた恭夜はようやっと自由の身になっていた。上半身を痛みに耐えながら何とか起こし、壁に背中を預けて部屋の中を見回す。翼も流石に疲れた様に、息を切らして床に座り込んでいた。

…そして、双子はと言えば。
ビデオカメラで証拠をバッチリ撮られている為逃げる事も出来ず、ただ隅で立ち尽くしながら呆然と、部屋の様子を見ていた。一人は何の感情も無い様な瞳で、一人は失意の混じった瞳で。その唇が微かに震え、何か声を発しようとしているのにふと気が付き、恭夜はそちらを見る。
立花の様に彼等を見分ける事は彼には出来ないが、恐らく――兄の、空翔ではないかと思った。自身の感情を露にするのは彼の方だ。


少し見詰めていれば、その彼と目が合った。途端、物凄い勢いでギッと睨み付けられたが恭夜は思わず、軽い瞬きをする。何時もの様に嫌悪の眼差しでは無く、怒りと屈辱、そして――少しのやるせなさを、感じたからだった。


「……――お前等、は」


思わず口から言葉が突いて出た。腹に力を入れると痛む為、出来る限り抑えて。皆の視線が自身に注がれるのを感じたが構わず萱嶋達だけを見て、恭夜は彼等に静かな口調で聞いた。


「…俺の、何が気に入らないんだ。俺はお前等の、トップに立つ資格は無いか?こんな事までして、俺を引き摺り下ろしたいのは何でだ」


空翔の目が揺れた。唇の端を噛み締めて、グッと何かを堪えている様な顔をする。吐き出したい思いはあるのに、それを表に出す事は出来ない。そんな辛そうな表情を、していた。

数秒の間の後、精一杯に絞り出した様な声が、彼の口から洩れた。



「…んぶ、…全部…ッ会長なんか……全部、嫌いだもん…っ、…会長なんかに、分かる訳無い……ッ」



分からない。分かられたくない。
真っ赤な顔でそう言って、空翔は泣きそうに顔を歪めた。隣に立つ片割れに一切目を移そうとはせず、また、海翔も何か声を発する事は無く。



そして恭夜はただ、そんな彼等を無言で、静かに見詰めるだけだった。
いっそ責められた方がマシだと、空翔は―――俯き、目をキツく、キツく瞑る。


まるで世界の全てを、拒絶する様に。










萱嶋空翔と萱嶋海翔は、双子だった。
空翔が兄で、海翔が弟。その産まれてきた時間差は、たったの4分。


―――その4分と言う差が、空翔に大きな傷をもたらした。


二人はそれぞれ、十分に愛されながら育っていった。萱嶋グループの息子として恥じない様な教育を受け、望むものならば殆ど全てを手に入れられる、実に恵まれた環境にいた。周りは皆優しく、甘やかしてくれる。誰もが羨む程に、彼等は幸せに過ごしていた。
そんな、楽園の様な時間が壊れたのは、小等部3年に上がって直ぐの頃。


算数の小テストを受けて、海翔の方が空翔よりも5点、高かった。


始まりはただそれだけの事。
だが『それ』は、徐々に徐々に、表に現れていった。年を重ねるにつれ周りも次々と気が付き出す。何もかもが同じだと思われていた双子にも、差違がある事を。

弟の海翔の方が頭脳的に優れていた事を、一番初めに理解したのは空翔だった。

それからどのテストでも海翔は何時も高得点をとり、周りからの称賛を浴びていた。一方空翔はと言えば同じものを受けているのに、悪くは無いが調子が良くても上の中というところ。がむしゃらに勉強をしてみても、小3のあのテスト以来、彼が弟に勝てた試しは一度も無かった。
だからと言って空翔は海翔から遠ざかる事も無く、一緒にいる事を選んだ。勿論彼に対して嫉妬しない訳では無かったが、それよりも弟の事を好いていたのだ。自分がもっと頑張れば良いと自らに言い聞かせ、空翔は努力する事を続けた。

―――それでも。

周りからの声は、当然の如く耳に入ってくる。双子のうちの落ちこぼれ。弟に勝てない兄。にこやかに笑う人々の目には空翔に対する確かな嘲笑と同情が、入り交じっていた。
空翔は一人でそれを耐えた。誰に相談する事も出来ず、ただその惨めさを。ずっと一緒にいた片割れには何でも話せると思っていたが、こればかりはそういう訳にも行かない。孤独の中で、それでも頑張り続ければきっと追い付けるだろうと、空翔は諦めずに認められようとした。


それを突き放したのは、実の父。


会社の跡継ぎには当然長兄である空翔が選ばれるだろうと、周りも、そして本人も疑ってはいなかった。だが父は突然、次期社長には弟の海翔をと言い出したのだ。
社長に海翔、そして空翔は彼を陰から支える様に、と―――。


ショックだった。父にお前よりも海翔の方が優秀だと、直接言われたも同じだった。最後の矜持で抗議や反発などはせず、黙って受け入れる事を決めたが、惨めさだけが心を支配していた。海翔に心配されるのが嫌で、変わらず無理に笑って過ごした。心の内は、ぼろぼろのまま。


それから空翔は、見分けられる事を恐れた。


見分けられれば『自分』という一人の人間を認識される事になる。劣っている事が分かってしまう。そうして嘲笑われる位ならば、双子は双子で、一人として扱われた方がマシだった。
海翔には何も言わなかったが、彼はどこかで理解し、そして空翔に合わせていた様に思う。片割れに見捨てられない事だけが、救いだった。




出来損ないの自分は、上手く誤魔化せていた。

――あの転校生の、立花楓が来るまでは。



立花はどちらがどちらなのかを、一目で看破した。一瞬恐怖したがしかし、彼は空翔を一人の人間として見ながらも、決して海翔と比べようとはしなかった。僕と海翔とどこか違う?とわざと聞いてみた事もある。彼もきっと皆と同じだと思いながら、それでもどこかで期待しながら。

そして立花は、望み通りの答えをくれたのだった。


『えー…違ったところ、か?あんまり違いとか見ねーし。あ、そういや海翔は右手の手の平に黒子があるぜ!空翔は?』


―――その言葉を聞いて初めて、本当に自分を見てくれる人がいるのだと、思えた。弟と比べたりはせず、ありのままの空翔だけを受け入れてくれる人間が。

立花楓は確かに、萱嶋空翔にとっての光だった。

だから立花を邪険に扱う恭夜達は憎かったし、邪魔でもあった。全てを持っている人間だからこそ、誰か一人に対して冷たく当たっても良いだろうなんて事を思うのだ。空翔には、立花しかいないのに。そしてそう思っているのは自分だけではなく、きっとあの副会長の東條も。自分と彼は酷く似ていると、空翔は思っていた。
だが正直、本当に潰したい、なんてそこまでの憎悪は無かったのだ。会えば嫌味を言う位には嫌っていたが、追い出したいとまで考えていたのは東條位だった。……つい、この前までは。



―――三日前の事を、空翔は自然に思い出す。立花が神妙な顔つきで、自分達に会いに来た日の事を。
彼は真剣な表情で、『俺は間違っていた』と言った。だから変わらなきゃならない。もう誰かを、自身のせいで傷付けたくはないと。


………どうして?


空翔は呆然とした。何故変わる必要があるのか、何故間違っていたなんて言うのか、理解が出来なかった。自身を認めてくれた立花が変わらなければと思うのなら、自分も変わらなきゃならないのか。どうして、彼は呟く。それへの答えは、無かった。ただ立花は、恭夜に悪い事をした、謝りたいと言った。そして次に、自分達に仕事をして欲しいと。これ以上恭夜に、負担をかけてはいけないと。

――楓は、僕より会長を選んだの?

そう思った瞬間、恭夜に対する憎悪が込み上げてきた。全部全部、彼は持っている。生徒達からあらぬ噂をたてられても、側にいてくれる様な仲間を。比べられたりする事の無い、圧倒的な力を。
それなのに、空翔には楓一人しかいないのに、それさえも彼に奪われてしまう。


嫌だった。また、あの孤独の中に戻される事は。


だから空翔は、東條から補佐の情報を貰い彼を脅して、同意してくれた海翔と共に作戦を決行した。
…それは、補佐の裏切りという最悪の形で失敗したのだが。




自身の愚かさを思い出しながら空翔は少しだけ、ゆらりと顔を上げた。向こうに見える生徒会長の姿。その横には、彼の幼馴染。会長の親衛隊隊長と、あの補佐も、彼の近くにいた。

自分には、ないもの。



「……っぃっぱい、いるじゃん……ッ、会長はっ、じぶ、と……居て、くれる人……なのにっ、んで……何で、まだ…取ろうとするのぉッ……!」



ボロボロと、涙が溢れてきた。羨ましかった。自分が惨めだった。一人が嫌だと泣き叫ぶ姿は、まるで子供。知っているのだ、空翔は、自分が弱かった事を。殻に閉じこもっていれば比べられる事は無いが、それでも誰かと一緒にいたかった。自らをさらけ出す勇気がないくせに、そんな事を言うのはわがままだと、ちゃんと知っていた。



―――それでも。


怖いものは、怖い。
拒絶される事は、恐ろしい。
一人になる事は、寂しかった。



空翔は声を上げて、ただ泣いた。座り込んで、俯きながら。頬を流れる涙は孤独への辛さ。何年も我慢していた思いが、後から後から溢れかえる。
誰も何も、知らない。こんな事を言っても何も伝わらない。恭夜は眉尻を下げて、そんな空翔を見詰める事しか出来ない。辛い思いは嫌と言うほど伝わってくるが、自分に何かを言う事は出来ない。何も、知らないのだ。彼の事は。知ろうとしなかった、というのが本当だが。

彼はここでも、孤独だった。








…ふわりと。


後ろから、空翔、と小さな声で呼ばれ、腕に温もりが、伝わるまでは。





- 63 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -